19世紀後半のドイツ国法学が樹立した国家の法概念。アルブレヒトWilhelm Eduard Albrecht(1800―1876)によって創始され、ゲルバー、ラーバントPaul Laband(1838―1918)を経て、イェリネックによって完成された。国家は、一定の領土を基礎とし、固有の統治権をもち、国民を包括する団体と定義される。国家はその成員の個々の意思とは別に統一体として独自の目的をもち、機関を通じて活動する。国家は国民の人格化ではなく、国家それ自体が一つの人格、法人である。すなわち国家人格は、国家の個々の成員のみならず、その分割されない総体の外に存在することになる。国家を統治権の主体であるとするため、国家主権説ともよばれる。
国家法人説は国民の人格を否定し、国家の人格のみを主張したところに特質がある。これは二つの効果を生んだ。第一に、国家を国民と対向するものとしたため、国民の国政への参加は概念必然性の問題ではなく、単なる合目的性の問題にすぎないとされた。第二に、国家とりわけ立法権は国民全体の福祉という理念から拘束されず、その全能が主張されることになった。ただし、第一点については、国家が逆に国民の権利領域に介入するときは法律に基づかなければならないということが帰結し、第2点については、立法権による他の国家作用の拘束ということが帰結するため、国民個々に一定の保障を与えるものであった。
国家法人説は、いわゆる「上からの」近代化が推進された後発資本主義国ドイツの君主主権の憲法下において、労働者階級を中心とする民衆が支配的な政治勢力の一つとなることが予見された段階で、ブルジョアジーを担い手として登場した立憲君主制のイデオロギーである。これはわが国では、戦前、美濃部達吉(みのべたつきち)の天皇機関説として知られた。それは、一方で、君主が統治権の所有者として統治権を総攬(そうらん)する絶対王制を阻止すると同時に、国民(人民)を統治権の所有者とする民衆の意思による政治の実現を阻むものであった。
現在の学界の大勢は、あるいは国家法人説の歴史的役割の終了を宣言し、あるいは国家法人説においても、国家の統治意思の内容をだれが最終的に決めるかという問題が残るとして、この学説に批判的である。しかし、国家法人説が国家の統一性を説明することに優れ、憲法学上の思考に影響を及ぼしていることは否めない。近年、フランスの主権理論の立場から国家概念を規定し、国家法人説を克服しようとする動きがある。
[糠塚康江]
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…また,国家の性格について彼は,国家は一つの社会団体として法をつくり出し,同時にその法によって拘束されて,法的な権利・義務をもつ法人となると主張した。この国家法人説による国家の自己拘束の理論は,法を超える権力の存在を認めない点で画期的なものであった。彼の学説は,ドイツ国法学の発展に大きな影響を与えたが,とくに日本においては,昭和初期,一木喜徳郎,市村光恵,美濃部達吉らの憲法学者が大きな影響を受け,天皇機関説の成立の基礎となった。…
…公共団体とは,地方公共団体(都道府県,市町村など),公の社団法人である公共組合(土地区画整理組合,土地改良区,共済組合など)および公の財団法人たる営造物法人(公社,公団など)である。 国家法人説は,国が私法関係においてあらわれる場合のみならず,公権力を行使するなどの特別の地位において活動する場合においても,国を法人としてとらえようとしたものであり,国を法の拘束のもとにおくという点で積極的な役割を有したが,この場合,国は公法人とよばれることがある。ここでは,公法人の観念は,国家法人説と結びついて意味をもっている。…
… もちろん,このような組替えは,各国の歴史的事情によって態様を異にし,伝統的な議会制度が役割を果たしたイギリスにおいては,議会主権の形をとり,議会そのものの民主化の要求とともに国民の政治的主権と議会の法律的主権という説明がされるようになった。一方,君主の権力の強大なドイツ諸邦では,立憲制の進展とともに,人権の保障を主権の自己制限として説明し,あるいは主権を共同社会ないし擬制人としての国家そのものに帰属させて,君主をその機関とする学説(国家法人説)も現れた。自由民権運動に対抗して欽定憲法をつくった明治国家においては,天皇主権は国体という宗教的観念に支持されてまことに強固であった。…
※「国家法人説」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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