東京都のほぼ中央部にある市。1967年(昭和42)市制施行。南部の甲州街道沿いが早く開け、谷保村(やほむら)とよばれた。現在のJR中央本線が敷設されるにあたり、甲州街道沿いが選定されたが、街道沿いの集落が忌避したため、北部の原野を直線状に通る路線が敷設されることになった。1926年(大正15)駅開設の際、立川と国分寺の中間にあるという意味で1字ずつとって国立と命名され、それが1951年谷保村の町制施行にあたり新町名として採用された。大部分が武蔵野(むさしの)台地であるが、甲州街道(国道20号)沿いの古い農業集落はその台地末端にあり、以南は多摩川の沖積地で水田地帯として利用されてきた。甲州街道に沿ってJR南武線が通り、また、さらに南を中央自動車道が走り、国立府中インターチェンジがある。谷保は谷保天満宮で知られる。市域の北半部は1925年箱根土地会社が山林を開いて学園都市を計画、1927~1930年(昭和2~5)東京商科大学(現、一橋大学)が神田一ツ橋から移転、1952年大学を中心とする地域が文教地区に指定された。国立(くにたち)音楽大学附属小・中・音楽高等学校、東京女子体育大学・同短期大学、郵政大学校などもあり、学園都市として発展している。1965年日本住宅公団(現、都市再生機構)の富士見台団地が完成、人口が増え、以後住宅都市ともなっている。面積8.15平方キロメートル、人口7万7130(2020)。
[沢田 清]
東京都中部の市。1951年谷保(やほ)村が国立町と改称して町制を施行し,67年市制。人口7万5510(2010)。都心から西へ30km,立川市の南東に隣接する学園・住宅都市で,国立の名は1926年中央本線の新駅開設に際し,国分寺駅と立川駅の間に位置したことから名づけられた。市の北端を中央本線,中央部を国道20号線(甲州街道)と南武線,その南の多摩川沿岸の低地を中央自動車道(府中市との境に国立府中インターチェンジが所在)がいずれも東西に走る。明治までは国道沿いの街村やその南の農村集落が中心の純農村で,中央本線の北は長い間雑木林が卓越する山林原野であった。大正中期ころから箱根土地会社が計画的に近郊住宅都市の開発を始め,国立駅南の10万坪の土地を関東大震災で倒壊した都心の東京商科大学(現,一橋大)に寄付したことが契機となり,その後多くの学園が進出した。国立駅をかなめに格子状と放射状の街路を組み合わせた街路網をもつ北半部の市街地は,大きく生長した街路樹とともにすぐれた都市環境と近代的な学園都市の雰囲気をつくり出している。梅の名所谷保天満宮がある。
執筆者:井内 昇
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