1972年に「かけがえのない地球」をテーマにストックホルムで開かれた国際会議。110カ国以上が参加し、「現在および将来の世代のために環境を保護し向上させることは人類にとって至上の目標」だとする人間環境宣言を採択した。関連イベントには熊本県水俣市の胎児性水俣病患者が参加し、水俣病の被害を身をもって示した。
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1968年の国連総会決議に基づき、72年6月にストックホルムで、113か国から1200人以上の代表を集めて開かれた。ストックホルム会議ともよばれるこの会議では、「かけがえのない地球」を合いことばに、世界の環境問題が初めて世界的規模で総合的に議論され、人間環境宣言、行動計画、その他四つの決議が採択された。
人間環境宣言は、人間環境を自然環境のみならず、経済開発問題や人口問題などを含む総合的なものとしてとらえ、人間環境の保護と改善に関する原則を宣言している。それは、人は一定の環境を享受する基本的権利と、環境を保護・改善する義務を有するとし、各国は自国の環境政策に従ってその資源を開発する主権的権利を有するが、それが他国または国家の管轄権外の環境に損害を与えないようにする責任があると指摘するとともに、環境保護のために次のことが必要だと述べている。天然資源の保護、有害物質の排出規制、海洋汚染の防止、経済・社会発展の促進、開発・都市化・人口政策と環境保護との調整、環境保護のための科学技術の開発・移転の促進、環境保護に関する教育の推進、汚染に対する補償に関する国際法の発展、環境の保護と改善のための国際協力、核兵器その他の大量破壊兵器の除去・破棄のための努力など。行動計画では、人間居住の計画と管理、天然資源管理、汚染物質の規制、環境問題の教育・情報・文化、開発と環境の諸分野について、国際協力に関する具体的な勧告が示されている。決議では、宣言および行動計画を実施するために国連内に環境計画管理理事会、環境事務局、環境基金、環境調整委員会を設置すること、この会議の開催日6月5日を世界環境デーとすることなどを宣している。同年の国連総会は、国連環境計画という国際機構の設立を決定した。
[佐分晴夫]
1972年6月5~16日までストックホルムで開催された人間環境問題に関する最初の本格的な国連会議。開催地にちなんで〈ストックホルム会議〉とも呼ばれる。1968年から4年にわたる精力的な準備を経て,114ヵ国の政府代表(日本の場合は大石環境庁長官)と多数の国際機関(世界銀行,OECD等)の参加を得,各国マスコミの注視の下に開催された。
当時の日本では,環境問題とはすなわち公害問題との認識が一般的であったが,この会議は人間居住,天然資源管理,有害物質,環境教育・情報,開発など広範な問題を取り上げ,世界の環境問題の幅広さを印象づけた。この会議に対しては,汚染問題を重視する先進工業国と貧困を克服するため開発に力点を置く開発途上国とでは立脚点やアプローチに差を見せていたが,〈今や我々は世界中で環境への影響にいっそうの思慮深い注意を払いながら行動しなければならない。無知,無関心であるならば,我々は,我々の生命と福祉が依存する地球上の環境に対し,重大かつ取返しのつかない害を与える〉ことになり,その意味で〈歴史の転回点に到達した〉(人間環境宣言)との認識を共通に持つことができ,これが会議を成功裡(り)にまとめる支えとなった。具体的な成果としては,人間環境宣言や行動計画の採択,環境分野の企画調整機関としての国連環境計画(UNEP)の新設(本部はナイロビ)とその運営資金たる環境基金の創設(1973),日本の提案になる世界環境デー(毎年6月5日)の制定,海洋投棄防止条約等の各種条約,協定の締結等がある。
この会議は,その後に開催された一連の大会議(1974年の世界人口会議,76年の国連人間居住会議(HABITAT),77年の国連水会議と国連砂漠化防止会議など)のはしりともなり,人類社会が直面する重要問題への挑戦の第一弾として永く記憶されるであろう。
執筆者:加藤 三郎
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… このような環境政策での行詰りは日本のみではない。1972年のストックホルムでの国連人間環境会議は,〈かけがえのない地球〉というスローガンの下に開かれた人類最初の国際会議としてのその意義は大きかったが,以後の世界経済の不況による各国の環境政策の後退の影響を受けて,第2回は開かれていず,82年10周年記念大会がナイロビで行われたにとどまっている。
〔公害問題の特徴〕
【被害の側から見た特徴】
[生物的弱者への集中]
公害問題を被害の側から見た特徴は,まず第1に生物的弱者から被害が始まることである。…
…世界人口の増加と地球の扶養能力の限界の問題についての認識が公式の場であらわれてきたのはせいぜい1960年代の終りころから70年代においてである。72年の国連人間環境会議においては,人口の増加と人間の生存環境の悪化がとりあげられた。また,同年には,ローマ・クラブの委嘱によるD.L.メドウズの《成長の限界》が発表され,世界人口の増加と高度経済成長の持続がもたらす人類の破局の危機が警告された。…
…このような社会的背景の中で,人の暮しとその環境条件との関係を明らかにして,よりよい解決を見いだそうとする意識が強まり,生活環境の語がしだいに一般化したとみられる。1972年にスウェーデンのストックホルムで行われた国連人間環境会議は,人間環境宣言を発して,このような考え方についての世界的な合意の形成に大きな影響をもたらした。 現代の都市化した社会生活では,人の暮しは,一方で住居や近隣の身近な生活環境に支えられると同時に,他方で広域的な公共施設や諸制度に支えられている。…
※「国連人間環境会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
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年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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