国際犯罪ということばは4通りの意味に用いられる。第一に、犯罪人や犯罪行為が複数の国にまたがっている場合に、これを国際犯罪ということがある。この場合は、それぞれの国内法(刑法)上の犯罪であるから、それらの国家が独自に取締りや処罰を行うが、国際刑事警察機構を通じて国際協力の行われることもある。
第二に、海賊行為、奴隷売買、麻薬取引のように、国際法上、特殊な効果をもつ犯罪を国際犯罪ということがある。たとえば海賊行為は古くから「人類共通の敵」とみなされ、通常ならば国家は公海上では自国の船や航空機に対する以外には公権力を行使することはできないにもかかわらず、海賊については、いずれの国家も、自国の船であると否とにかかわらず、これを捕らえて自国に連行して処罰することが国際法上で認められている。他の犯罪と異なり、これらの犯罪は国際法上で特殊な効果をもっているわけである。もっとも、処罰そのものは、それぞれの国家が国内法を適用して行うのであって、国際社会の機関が行うわけではない。
第三に、侵略戦争をとくに国際犯罪ということがある。たとえば、1924年に国際連盟総会で採択されたジュネーブ議定書(発効せず)の前文では、侵略戦争が連帯関係の侵害および国際犯罪であることを確認し、74年に国連総会で採択された決議「侵略の定義」の第5条は「侵略戦争は国際平和に対する罪である。侵略は国際責任を生ずる」と規定している。侵略戦争が国家の犯罪であり、国際的制裁の対象となりうることは諸国の共通の法的確信であるといってよい。その意味でとくに侵略戦争を国際犯罪ということがある。
第四に、国際的手続で処罰の行われる犯罪を国際犯罪ということがある。第一次世界大戦後、ベルサイユ条約が、前ドイツ皇帝ウィルヘルム2世を特別裁判所で処罰すべきことを定め、また第二次世界大戦後、連合国がニュルンベルクで国際軍事裁判所を、東京で極東国際軍事裁判所を設け、ドイツや日本の戦争指導者を処罰したが、これらは侵略に対する罪、平和に対する罪、または人道に対する罪の責任を問うものとされた。1951年に発効したジェノサイド条約は、集団殺害罪について、犯罪人を行為地の国内裁判所で処罰すべきものとするだけでなく、国際的手続での処罰のため国際刑事裁判所の設置を予定していたが、実際には設置は容易に実現しなかった。しかし、その後国連国際法委員会の作成した国際刑事裁判所規程草案に基づき98年ローマで開かれた政府間外交会議で同裁判所の設立のための条約が採択された。これにより、個人の重大な国際犯罪を国際的に処罰する制度が樹立された。そこでは、集団殺害罪のほか、人道に対する罪、戦争犯罪および侵略の罪が、コアクライムcore crime(犯罪のなかの犯罪)として処罰の対象とされている。
[石本泰雄]
『太寿堂鼎「国際犯罪の概念と国際法の立場」(『ジュリスト』720号所収・1980・有斐閣)』
多義的な概念で,以下のそれぞれ,あるいは(1)と(2),またはすべてを指す意味で用いられる。(1)国際平和に対する罪としての侵略戦争や人道に対する罪としての集団殺害(ジェノサイド)など,国際社会そのものの法益を侵害する行為で,国際刑事裁判所のような国際機関によって処罰される犯罪。(2)海賊,奴隷売買,麻薬取引,海底電線損壊,ハイジャッキングなど,人類あるいは各国に共通の法益を侵害する行為として,国際慣習法または条約上認められた犯罪。その処罰は各国にゆだねられているが,性質上国際協力を必要とするため,近時は各国に処罰を義務づけることが多い。ただ義務づけの範囲(犯罪の主体・場所など)は一様でない。(3)殺人・詐欺など,各国がそれぞれ規定する国内法上の犯罪にすぎないが,外国での犯罪の実行・犯行後の外国への逃亡などの理由によって,その処罰のために,逃亡犯罪人の引渡し,捜査段階や公判段階での証拠の提供などに関し国際協力を必要とする犯罪。
→国際刑法 →戦争犯罪
執筆者:田中 利幸
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…同格的な主権国家が併存する国際社会には,平等な当事者間の利害の調整または負担の公平をはかろうとする民事責任的思考が受け入れられやすい。もっとも,第1次大戦後,侵略戦争は国際社会全体の利益を害するから,国際社会全体の名で糾弾されるべき国際犯罪であるとする観念がしだいに形成され,現に,第2次大戦後,敗戦国の戦争指導者は〈平和に対する罪〉を犯したという理由で処罰された。しかし,その処罰の法的根拠については,議論の余地があった。…
※「国際犯罪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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