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土断 どだんtu-duan; t`u-tuan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

土断
どだん
tu-duan; t`u-tuan

中国,東晋 (→) から南朝 (→南北朝) にかけて行われた戸籍整備法。流民を生活の本拠である土地の戸籍につけることで,国家は人民を把握できるし,国家の収入が増加するので,中国の各王朝は戸籍を整備してきたが,「土断」の名でそれを行なったのは東晋,南朝が初めである。東晋時代は,土着の民の戸籍が黄籍と呼ばれたのに対し,華北から流寓した民は特別な政治的配慮から別の戸籍 (白籍) につけられ,力役を免除された。これは政治・財政上多くの障害をもたらしたので,東晋から南朝にかけて,しばしば白籍を廃して黄籍により戸籍を統一しようとする土断政策が行われた。

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世界大百科事典 第2版の解説

どだん【土断 tǔ duàn】

移住民を現住地の戸籍に登録してその地の官庁から支配を受けさせること。中国の東晋,南朝で行われた民戸把握策の一つ。永嘉の乱以降,江南へ移動した難民には,豪族の隠戸や無籍の流民となるものが多かった。これを防ぐために東晋政府は,難民それぞれの故郷と同名の県・郡・州を僑立し,本来の戸籍(黄籍)とは別に白籍を新設して登籍し,把握を図った。しかしこの僑州郡県制は,基本単位の僑県にしても,難民のまとまりを県とみなした行政上の措置で,まったく境域をもたなかったために,十分に目的を達することはできず,そのうえ,移住民と旧住民とは,実際は同じ地域に居住しているのに,戸籍の種類,支配系統,税役負担を異にしていて,差別と混乱を助長した。

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