埋蔵文化財とは地中に埋没して遺存する文化財の意で、考古学上の遺跡とそこに埋まっている遺物を包括した概念である。法律用語の埋蔵文化財包蔵地は遺跡と同義と考えてよい。現在各都道府県では教育委員会の責任において遺跡地図を公刊し、埋蔵文化財包蔵地の周知に努めているが、その総数は全国で約44万か所に達するとみられている。旧石器時代から中・近世までの長期間にわたって各時代の遺跡が高密度に分布し、各地の地域史を系統的に跡づけることが可能なこと、保存状態の良好な遺跡が予想以上に多いことなどは日本の特色である。また新たな遺跡の発見が続き、絶えず遺跡数が増大し遺跡地図が書き換えられていることも留意するべき点である。かつては水田遺跡といえば静岡県の登呂(とろ)遺跡だけだったのが、1976年(昭和51)以降福岡県から青森県までの各地でそれぞれ特色ある弥生(やよい)水田が次々に発見され、すでに20か所以上に達しているのは、その一例である。
1950年(昭和25)の文化財保護法制定以前には史跡名勝天然記念物保護法によって史跡に指定された少数の遺跡を除くすべての遺跡は法的な保護の対象外に置かれていた。文化財保護法は、動産的文化財である土器、石器などの遺物を有形文化財のなかに、不動産的文化財である貝塚、古墳などの遺跡を記念物のなかに位置づけて初めて保護の対象であることを明示した。これらの遺跡と遺物は一体となって土地に埋没していて、発掘や土木工事による破壊にさらされていることから、これを保護するうえで埋蔵文化財という両者を包括した概念が採用されたのである。当時は第二次世界大戦後の考古学ブームによる乱掘が大きく問題にされていた関係で、当初の保護法では、学術目的による「埋蔵物たる文化財の発掘」に対する届出義務と、それに対する政府の禁止、中止命令権が規定された。しかし当時にあっても遺跡破壊の主要な原因は土木工事にあり、1954年の一部改正で、土木工事についても学術発掘に準じた届出制が定められた。同時に保護の対象をそれまでの「埋蔵物たる文化財」から「埋蔵文化財包蔵地」と改め、守らなければならないのが遺跡である土地そのものであることが明確にされた。
高度経済成長期を迎えた1960年代になると、開発による遺跡の破壊は深刻な社会問題となり、1962年の平城宮跡保存運動を画期として研究者・市民による文化財保存運動が全国各地で発展した。埋蔵文化財という耳慣れないことばもこうしたなかで国民の間に定着していった。遺跡保存のよりどころである保護法は、土木工事に対しては届出を義務づけているが、学術発掘に対しては設けられている中止・禁止の規定がなく、罰則も1万円以下の罰金という軽さで規制力に乏しいという弱点があり、当初は笊法(ざるほう)などといわれていた。しかし保存の世論の高まりと、それにこたえる行政指導の強化が相まって「周知の埋蔵文化財包蔵地」の開発にかかわる届出義務はしだいに広く遵守されるようになった。これに対する行政指導は破壊を前提にした事前調査の指示にとどまるのが一般であったが、事前調査によって重要性が明らかになった結果、計画を変更して史跡指定、公有地化が行われた事例も少なくない。このような保存のパターンが実現するうえで、当該遺跡の価値を評価した地域住民、全国的な保存世論の高まりが大きな推進力となった。
1960年代後半には文化財保護運動は自然環境を守る住民運動と結合して大きく発展し、大きな広がりをもった遺跡や遺跡群を緑地として保存することに成功した事例も各地にみられるようになった。こうした運動を通じて埋蔵文化財が地域住民の生きた歴史学習の場であるとともに、自然地形や植生と一体となった地域の歴史的環境としてかけがえのないものであることが広く認識されるようになった。しかし開発計画を変更して保存された事例は全体のなかではきわめてまれな例であり、埋蔵文化財問題の主要な側面は、緊急調査を前置した遺跡の大量爆破の進行にあるといわざるをえない。土木工事に伴う発掘届の件数は、年々急上昇を続け、1960年には年間143件であったものが1985年には1万6024件、1996年(平成8)には約3万件、2005年には3万4785件、2015年には5万3875件に達した。届出数は実際の調査・破壊数と直結するものではないが、日本の埋蔵文化財の危機を示す指標として深刻に受け止めなければならない。また、緊急発掘調査費の総額は、1985年度は472億1648万円であったが、1997年のピーク時には1321億2800万円に達した。その後は減少し、2005年では763億7500万円、2015年には599億5000万円となった(1997年以降は国庫補助約30億円を含む)。なお、公的な保護発掘調査機関として1970年以降、国・県・市各級の埋蔵文化財センターが次々に設立され発掘調査体制は整備強化されたが、遺跡破壊自体を抑止する有効な対策はみいだされていない。許可制を柱とした法改正による規制の強化、発掘費の原因者負担制度の再検討、埋蔵文化財を緑地として大幅に保全する地域計画の策定など、埋蔵文化保存の抜本的な対策が必要である。
[甘粕 健]
『文化庁文化財部著『埋蔵文化財発掘調査の手びき』21版(2006・国土地理協会)』
土地に埋蔵された状況にある文化財をいう。それには,河川,湖沼,海などの水中にあるもの,あるいは地表面に露呈しているものも含まれる。1950年に施行された文化財保護法にみえる概念で,考古学でいう遺構と遺物をほぼ指しているとみてよい。その所在地は埋蔵文化財包蔵地と呼ばれ,おおよそ考古学の遺跡に相当する。ただし,施行当初の同法では,埋蔵された有形文化財すなわち遺物にあたるもののみに限定されており,現在のように遺構や遺跡にも関連する用語になったのは54年の同法改正による。
埋蔵文化財のうち遺物にあたるものは,民法と遺失物法でいう埋蔵物に該当する。そのため,発掘調査その他によって埋蔵文化財を発見した場合,遺失物法の規定によって,いったん警察署長に差し出すこととなっている。警察署長は,文化財と認められるものについては,文化庁長官の委任をうけた都道府県教育委員会に提出し,教育委員会は文化財か否かを鑑査・決定する。文化財と認定された物件は,所有者が判明しなければ国庫に帰属する。それらは,発見された土地の所有者と発見者に対して報償金を支給することによって,将来にわたり国が保有するか,あるいは発見者と土地所有者に現物を譲与することとなる。ただし,現物の譲与に際しては,関係地方公共団体と関係者との間で,適切な施設における一括保存の了解が成立していることが必要である。
施行当初の文化財保護法では,埋蔵文化財の保護については,それを対象とする学術的な発掘調査の届出が義務とされ,届出に対して国が禁止を命じうること,および遺跡発見の際の届出制度などが定められているにとどまっていたが,54年の同法改正では,周知されている埋蔵文化財包蔵地において行う土木工事などの届出義務が付加された。ただし,土木工事などの届出に対しても,その工事などの実施前の発掘調査の施行の指示と,重要遺跡発見の際の保存処置の依頼がなされる程度であって,工事の禁止命令あるいは事前の届出をしないときの罰則などの規定はない。これら埋蔵文化財保護の方策については,75年の同法改正に際しても議論が集中し,埋蔵文化財包蔵地における土木工事などを許可制とすることをはじめとして,多くの検討が重ねられた。しかし,許可制の実施には,保護対象地の範囲を明確に特定しておく必要があるのに対して,埋蔵文化財包蔵地の範囲を発掘調査せずに特定することは容易ではないし,すべての埋蔵文化財包蔵地についてこの種の発掘調査を実施することも不可能に近い。そのため許可制は採用されず,届出制のままにとどまった経緯がある。
埋蔵文化財は国土の開発行為によって直接影響をうけることが多い。現状では,その保護制度には多くの問題があり,その整備は文化財保護における大きな課題となっている。
→発掘
執筆者:田中 琢
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
土中または水中など,人目に触れない場所に埋蔵された文化財をいう。遺構と遺物がある。遺物が発見されたときは遺失物法の適用をうける。また土木工事などで遺構が発見された場合は,遺跡発見届の提出が義務づけられている。考古学の研究対象である遺構・遺物は,一方で国民共有の財産でもあるから,学問的な発掘調査の場合も,土木工事などで埋蔵文化財包蔵地を発掘する場合も,文化財保護法によって届出の手続きを必要とする。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…自然文化財としては,天橋立や耶馬渓といった自然名勝と,動植物・鉱物その他の天然記念物がある。 これらと性質を異にする文化財に埋蔵文化財がある。文化財の性質による種類ではなく,埋蔵文化財とは,地下,水底,海底(領海内に限る)その他,土地の上下を問わず人目に触れない状態において所在している遺跡,さらにそこから発掘によって出土した遺物の両様の意味に用いる。…
※「埋蔵文化財」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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