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堀山城(初代) ほり やましろ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

堀山城(初代) ほり-やましろ

?-1627ごろ 江戸時代前期の釜師(かまし)。
名越三昌(なごし-さんしょう)の次男。元和3年まねかれて江戸におもむき,山下御門の外河岸通り山城町に屋敷をあたえられ幕府の釜師となる。作品に尾上釜,筒釜などの茶釜,元和3年銘の日光東照宮銅灯籠(とうろう)がある。寛永4年ごろ死去。山城(京都府)出身。名は清光。通称は弥助。号は浄栄。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

堀山城(初代)

没年:寛永4(1627)
生年:生年不詳
江戸前期の釜師,堀山城家の祖。名は清光,通称を弥助といい,浄栄と号した。京都の釜師・名越三昌の次男で,元和3(1617)年,幕府の召に応じて江戸に下り,鉄釜ならびに唐銅物御細工御用を命ぜられ,滞りなく納めたため,御細工支配として山下御門川岸通山城町に細工地,切米を給された。元和3年ごろには,すでに山城守を受領しており,細工所を川岸通に設けたため堀山城と呼ばれ,堀が姓となった。日光東照宮の元和3年銘の灯籠が最古の作品である。堀家はこの後幕末まで,徳川家の御用釜師として9代続いた。<参考文献>香取秀真『新撰茶之湯釜図録』

(原田一敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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