胎児を自然の分娩期に先だって母体外に排出し,または,母体内で死亡させる罪。母体外に排出した胎児が生存している場合に,これを殺す行為は新たに殺人罪を構成し,両者は併合罪になる(判例)。妊婦自身による自己堕胎(刑法212条,1年以下の懲役),妊婦の嘱託を受けまたはその承諾のもとに行われる同意堕胎(213条,2年以下の懲役),医師・産婆等により妊婦の同意のもとに行われる業務上堕胎(214条,3月以上5年以下の懲役),妊婦の意に反して行われる不同意堕胎(215条,6月以上7年以下の懲役)とに分かれる。妊婦自身による自己堕胎以外の堕胎罪において,妊婦を死傷に致したときは刑が加重される。
日本の刑法で堕胎罪を規定したのは,1880年公布の旧刑法330条以下以来であるが,現行刑法(1907公布)がこれを継承した背後には,富国強兵という国家目的の基礎として人的資源を確保するという政策的配慮があったものと思われる。しかし,第2次大戦に敗北した後には,反対に,食糧不足と人口過剰のなかで,1948年に優生保護法(1996年に〈母体保護法〉と改称)が制定され,一定の場合に人工妊娠中絶が合法化されることとなった。同法によれば,医学的,社会経済的,倫理的適応がある場合には,胎児が母体外において生命を保続することのできない時期に限り,妊婦および配偶者の同意のもとで指定医によって行われる人工妊娠中絶を合法としている。このように,同法は,合法化の要件を絞っているにもかかわらず,現実には,指定医による十分なチェックの欠如,警察による取締り・摘発の緩和により,同法の要件を充足しない中絶が日常化し,合法視されるに至っており,刑法典の堕胎罪の規定はほとんど死文化しているといってよい。比較法的にみても,中絶の自由化は世界的潮流であり,それも日本のような適応モデルから,受胎後12週間は妊婦の自由な自己決定によって中絶を可能とする期間モデルへと移行しつつある。もっとも,旧西ドイツは,74年に期間モデルの自由化を図る刑法改正を行ったが,75年に連邦憲法裁判所によって違憲の判断が示されたため,適応モデルによる自由化にとどまった(ちなみに,東西ドイツ統一後,中絶規定は再び激しい論争の対象となり,期間モデルの採用(1992年)とそれに対する違憲判断という一連の出来事が再現されたのち,1995年に〈助言〉を要件とする期間モデルが採用されて今日に至っている)。このような情況のもとで,日本でも,堕胎罪を廃止すべきだとする主張が強くなっているが,改正刑法草案273条以下は,ほぼ現行法どおりの規定を存続させている。
→妊娠中絶 →母体保護法
執筆者:西田 典之+黒田 満
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
自然の分娩(ぶんべん)期に先だって人為的に胎児を母体外に分離・排出させる行為(堕胎)を処罰する罪。胎児や妊娠中の女子(妊婦)の生命・身体を保護することを目的としている。現行刑法は第212条から第216条において、妊婦自身が堕胎する自己堕胎罪(1年以下の懲役)、妊婦の嘱託・承諾を得て堕胎させる同意堕胎罪(2年以下の懲役)、医師・助産師などが同意堕胎を行う業務上堕胎罪(3月以上5年以下の懲役)、妊婦の意思に反して堕胎する不同意堕胎罪(6月以上7年以下の懲役)を規定し、自己堕胎罪以外の罪においては、妊婦を死傷させた場合の加重規定を設けている。
本罪における胎児は妊娠期間や発育の程度を問わない。また、堕胎は胎児を母体内で殺害することを含むが、胎児を死亡させることを要せず、母体外で生存を継続している場合でもよい。「人工妊娠中絶」も堕胎にあたるが、母体保護法(かつての優生保護法)によって、所定の条件を満たせば医師による堕胎は違法性が阻却される(同法14条1項)。すなわち、(1)妊娠の継続や分娩が身体的(医学的)または経済的な理由により、母体の健康を著しく害するおそれのある場合、(2)暴行や脅迫などによって姦淫(かんいん)され妊娠した場合、医師会の指定する医師(指定医師)は、本人および配偶者の同意を得て人工妊娠中絶することが許される。
このうち、経済的理由による中絶がかなり自由に行われている日本の現状に対し、同法を改正してこれを禁圧すべきかどうかが争われている。
[名和鐵郎]
『中谷瑾子著『21世紀につなぐ生命と法と倫理――生命の始期をめぐる諸問題』(1999・有斐閣)』▽『石原明著『法と生命倫理20講』第3版(2003・日本評論社)』
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…ただし,胎児は独立した権利・義務の主体としてではなく,後に生きて生まれた場合にかぎり,法的紛争となっている事件の発生時にさかのぼって出生した子と同様に扱われるにすぎない。刑法では懐胎に始まり母体から一部露出する前までの生命体をいい,胎児を人為的に母体外へ分離,排出し,もしくは殺害すると堕胎罪に問われる(刑法212条など)。また労働者災害補償保険法では胎児が生きて生まれると,問題となる災害時から労働災害で死亡した者の子として扱われる(16条の2‐2項)。…
※「堕胎罪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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