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堺奉行 さかいぶぎょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

堺奉行
さかいぶぎょう

江戸幕府の職名遠国奉行の一つ。町政を司り,港湾を管理した。堺にはもと堺政所 (まんどころ) があって代官が政治を行なっていたが,幕府が元和4 (1618) 年堺を直轄領にして堺奉行と改めた。元禄9 (96) 年に一時廃止されたが,すぐに再興され幕末まで存続した。

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世界大百科事典 第2版の解説

さかいぶぎょう【堺奉行】

近世,堺に置かれた江戸幕府の遠国(おんごく)奉行の一つ。堺政所ともいう。織田信長は堺の町を屈伏させた後,松井友閑を政所に任じ,豊臣秀吉も石田三成ら腹心の吏僚を任じ,堺および河内,和泉の直轄地を支配させた。徳川家康もこの政策を継承し,1600年(慶長5)米津(よねきづ)親勝と成瀬正成を任じた。大坂を幕府直轄地とした17世紀前期には喜多見勝忠が摂河泉の奉行を兼ね,17世紀中期の石河(いしこ)勝正・利正父子は畿内の幕領支配に大きな権限を有する国奉行でもあり,支配国は和泉であった。

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大辞林 第三版の解説

さかいぶぎょう【堺奉行】

江戸幕府の職名の一。堺の市政・訴訟・港湾に関する一切の事務をつかさどった。堺検断。堺代官。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

堺奉行
さかいぶぎょう

和泉(いずみ)国堺(大阪府堺市)に置かれた江戸幕府遠国(おんごく)奉行の一つ。老中(ろうじゅう)の支配下にあって、原則として知行高(ちぎょうだか)1000石以上3000石以下の旗本のなかから選任された。任期は定まらず、下僚として与力(よりき)10騎、同心50人がいた。1600年(慶長5)成瀬正成(なるせまさなり)、米津清右衛門(よねきつせいえもん)両人が堺政所(まんどころ)に補せられたのに始まる。定員は1名であるが、1696年(元禄9)に一時廃止され大坂町奉行が兼務したが、1702年に再置、以後幕末まで続いた。奉行屋敷は、車之町山口筋と殿馬場(とのばば)との間にあった。職務は堺南北両郷の一般民政のほか、廻米(かいまい)、消防、警察、糸割符(いとわっぷ)、株仲間(かぶなかま)、河川、寺社などを管掌した。あわせて当初には和泉一国をも支配した。[藪田 貫]

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