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塩法 えんぽう Yan-fa; Yen-fa

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

塩法
えんぽう
Yan-fa; Yen-fa

中国における塩の専売法と違反に対する刑法。塩専売は確実なところ,漢の武帝の元狩年間 (前 122~117) に始るが,以後,改廃常ならずして宋代に及び,この時代に塩法の集大成が行われた。宋代塩法には,官売法と通商法とがあり,官売法は官製 (もしくは民製) の塩を政府が収納 (官収) ,運搬 (官般) し,政府が販売 (官販) する直接専売法で,通商法は官製 (もしくは民製) の塩を官収,商般 (もしくは官般) して商販する間接専売法である。

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デジタル大辞泉の解説

えん‐ぽう〔‐パフ〕【塩法】

中国で、国家が専売とする塩の製造・販売を統制し、密売を取り締まった法律。代に始まり、代に確立された。→塩課

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世界大百科事典 第2版の解説

えんぽう【塩法 yán fǎ】

中国,漢代および唐の中期以降の歴代王朝が実施した塩の専売法とその取締法。中国の産塩地は,東部海岸(海塩),山西省解州の塩池(解塩),四川の地下塩(井塩),長城線以北の塩湖など多様であるが,広大な国土の割には地域的にかたよっている。そうした自然条件は塩の専売制を実施するのに好都合であった。 先秦の諸国も塩,とくに解州の解塩を重要な商品として,そこから利益を得,また政治的に利用しようとした。また春秋戦国時代の山東の大国斉は海塩の利益で国力を養ったとされる。

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大辞林 第三版の解説

えんぽう【塩法】

中国で、塩の専売制度およびそれに関する法制。漢代以来、専売による利益は国家の財政的基礎となり、唐末から宋にかけて生産・運搬に関する法規、密売に対する刑法も整備された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

塩法
えんぽう

中国で、塩の密売を取り締まるために制定された刑法。漢の武帝(ぶてい)は外征や土木工事などに多額の経費を費やし、財政が窮迫したため、紀元前119年、塩の専売を始めた。中国における塩専売の最初である。以後、置廃が繰り返されたが、758年唐の粛宗(しゅくそう)のときふたたび専売が始められ、その後、千百数十年にわたって専売が続けられた。塩の専売を維持するためには、密売を取り締まらなければ、専売収入を確保することがむずかしい。この目的のために塩法が制定された。漢の武帝のときすでに制定されたが、ほぼ完備したのは宋(そう)代である。中国では唐末五代から独裁政治が発達し、宋代にいちおう確立し、それを支えたのが塩の専売収入であったからである。独裁政治の基盤は膨大な軍隊と官僚とであった。そこで彼らの生計を保障することが、独裁君主の重大な責務となってきた。ところが、これまでの正税、つまり土地から徴収する租税では賄いきれないので、茶、塩、鉄、酒、明礬(みょうばん)などの日用必需品、ことに塩の専売収入によって、この膨大な経費を捻出(ねんしゅつ)しようとした。ここから茶、塩などが専売にされた。塩を専売にすると、値段は数十倍から100倍にも暴騰した。その結果、宋代以後清(しん)代まで、塩の専売収入は国家の全歳入の3分の1から2分の1を占め、ときには80%にも達した。国家の財政が窮乏すると、とかくその不足を塩価に転嫁しがちで、そのために塩価がうなぎ上りに高くなった。
 塩価の暴騰は人民を苦しめ、安価な塩があればそれを求めようとする。そこで狡猾(こうかつ)な人間は、塩を密売して莫大(ばくだい)な利益をあげようとする。官塩は高価なうえに質が悪い。それに反して密売塩は質がよく、値段も官塩の半価であった。ここから闇(やみ)塩が横行し、専売収入が打撃を受けた。そこで政府はますます塩法を厳重にして、密売者を取り締まろうとした。しかし、彼らも互いに徒党を組み、秘密結社を結成して密売を行った。ときには数千ないし1万人に及ぶ者が、武器を携帯して密売に出かけた。役所の小役人や下級の軍人には秘密結社の入会者が多く、役所の情報入手も容易であったので、税関の厳重な検査も賄賂(わいろ)で難なく通過し、官憲の討伐も免れることができた。彼らは塩徒、塩賊、塩梟(えんきょう)とよばれ、政治の綱紀が緩み、あるいは弾圧が強くなると、決起して反乱を起こした。宋代以後、平時においても反乱が多いのはこのためである。この反乱者のなかから開国の天子も現れた。五代後梁(こうりょう)の太祖朱全忠(しゅぜんちゅう)や明(みん)の太祖朱元璋(しゅげんしょう)らは、塩の密売者の統領であった。塩の密売者がいかに大きな勢力をもっていたかが察せられる。
 塩法は時代が下るとともに周到細密になった。唐代以前、中世の法律は、儒教主義により家族や社会の上下の秩序を維持しようとすることに重点があり、それを犯す者は重く処罰された。ところが宋代以後では、塩の専売など、独裁政治の経済統制を破る者をいかにして取り締まるかということに法律の重点が移り、破る者は重刑に処せられた。塩法は中世と近世とを区別する典型的な刑法なのである。[佐伯 富]
『佐伯富著『清代塩政の研究』(1956・東洋史研究会)』

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