改訂新版 世界大百科事典 「大学出版部」の意味・わかりやすい解説
大学出版部 (だいがくしゅっぱんぶ)
university press
大学の一部局または大学と人的つながりをもつ独立の法人として,大学のために出版を行う組織。歴史的にみると,大学出版部にはオックスフォードやケンブリッジの大学出版部が代表する中世モデルと,アメリカの大学出版部を典型とする近代モデルの二つがある。中世モデルの特色は,(1)印刷が主体であること,(2)聖書印刷の特権から得られた利益で採算をとったこと,(3)商業出版社と競合したことであり,近代(アメリカ)モデルの特色は,(1)出版を中心としていること,(2)学術書出版の損失は大学,政府,財団などからの公的資金で補てんすること,(3)商業出版社とは出版内容で一線を画し,競合を避けていること,といえよう。
オックスフォード大学出版局の起源は1478年,ケンブリッジ大学出版部は1521年,それぞれ学内に活字印刷が導入された年にさかのぼることができる。今日,大学出版部のことをプレスというのは,印刷所(プレス)として始められたところからきており,ユニバーシティ・プレスの名は,イギリスにおいては19世紀に至るまではむしろ大学印刷部の意味で用いられた。プレスの代表者はユニバーシティ・プリンターと呼ばれ,それがユニバーシティ・パブリッシャーに変わったのは,オックスフォードでは1880年のことである。まだ本を造ることと売ることの区別がそれほどはっきり意識されていなかったのである。
オックスフォード大学出版局は1978年に500周年を祝ったが,ケンブリッジ大学出版部ともども500年もの間継続的に活動してきたわけではなく,しばしば中絶,休眠を経験している。また初めから今日みるような〈出版社〉であったわけでもなく,20世紀に入ってからしだいに近代的な出版社へと脱皮し,イギリスの代表的出版社となったのである。現在その出版活動の範囲は学術書に限らず,一般書ことに辞書,聖書,地図,さらには楽譜や児童書にまで及んで,狭義の大学出版部の枠を越えている。オックスフォードはまた書籍印刷ではイギリス最大といわれる印刷工場をもち,その工員数900名,150の異なる言語での印刷が可能である。加えて製紙工場と世界各地に支局をもち,全職員数2000名,出版目録には2万数千点の本が掲載されている。
このようにイギリスの大学出版部が,古い歴史を利して商業出版社と競争する形で活動しているのに対して,アメリカでは大学出版部の出版活動は,学術書(研究者の新知見を他の研究者に伝えるための)に限定され,商業出版社との競合を避けている。今日アメリカ大学出版部協会に加盟する約70の大学出版部が毎年出版する2000点を超える学術書は,アメリカの学術出版の半ばを代表しており,ことに人文学と社会科学の領域の最大の担い手となっている。1930年代に始まる科学と高等教育の拡大に伴って出版活動を拡充するなかで,彼らが開発し確立してきた編集と販売の両面を含む学術出版の技法は特筆に値する。しかしアメリカの大学出版部は1970年代以後,大学予算の削減の影響を受けて苦境に陥っている。さらに,多くのアメリカ大学出版部が,競争力を高めるために出版領域を限定し,専門出版社への道を歩んでいることは,キャンパスへの奉仕という大学出版部本来の任務に,鋭く矛盾するおそれがある。
イギリス,アメリカ以外にも社会主義圏や発展途上国を含む多くの国々で,大学出版部は多様な活躍をしている。世界の大学出版部を結ぶ組織として,国際学術出版連合が72年に設立された。日本では1869年福沢諭吉が慶応義塾出版局を創設したのを最初とし,86年には東京専門学校(のちの早稲田大学)も出版局を設けて講義録その他を刊行したが,現在は東京大学,法政大学ほか二十数校が活発な出版を行っている(2008年現在,大学出版部協会加盟校は32大学出版部)。1963年に大学出版部協会が設立されてその協力体制もすすんだが,商業出版のマスプロ化により,大学出版の本来の役割がいっそう期待されている。ただその刊行内容が必ずしも狭義の学術書に限定されておらず,大学出版部としてのアイデンティティの確立に悩んでいるのが実情といえよう。
→出版
執筆者:箕輪 成男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報