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大寨 たいさい

百科事典マイペディアの解説

大寨【たいさい】

中国,山西省東部太行山系の虎頭山麓にある県。もとの山西省昔陽県大寨人民公社大寨生産大隊所在地。貧しい山村を自力更生で開拓した精神が評価され,1964年毛沢東が〈農業は大寨に学ぼう〉と呼びかけたことで一躍有名となり,党支部書記の陳永貴が一足飛びに副首相に抜擢されたが,その後事実と異なる点が発覚,批判を受けた。
→関連項目大慶

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世界大百科事典 第2版の解説

たいさい【大寨 Dà zhài】

中国華北地区,山西省東部の太行山脈の中,昔陽県の山村。そこの生産大隊,人民公社も大寨と呼ぶが,生産大隊がその中核をなす。もとは平地のきわめて乏しい,零細な斜面畑ばかりの貧しい山村であったが,自力更生で農地の改造を行い,1963年その成果が認められ,毛沢東が全国に〈農業は大寨に学べ〉と呼びかけたので,模範農村として一躍有名になり,文化大革命中に大隊書記の陳永貴は副首相に任命された。また76年4人組失脚後も華国鋒により大寨型の県を建設する呼びかけもなされた。

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大辞林 第三版の解説

だいさい【大寨】

中国、山西省昔陽県の小さな山村。1964年毛沢東が「農業は大寨に学ぼう」と呼びかけ、自力更生による農村近代化のモデルにされたが、80年代に批判され、モデルを取り消された。ターチャイ。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大寨
だいさい

ターチャイ(大寨)」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大寨
だいさい / ターチャイ

中国、山西省東部、昔陽(せきよう)県中部、大寨人民公社に属した生産大隊。1974年の時点で面積2平方キロメートル、人口450余、耕地は56ヘクタール。河北省と接する太行(たいこう)山脈の虎頭(ことう)山の麓(ふもと)に位置し、山間のわずかの耕地で貧しい農業を営むだけの山村であったが、解放以来、貧農、小農を中心とする集団農業によって山地を切り開いて耕地とし、ダムや灌漑(かんがい)水路も築くなどして周囲の景観を一変し、10年余で急速な生産力の成長と社会改造を成し遂げた。この成果が中国共産党中央の注目するところとなり、1964年毛沢東(もうたくとう)は「農業は大寨に学ぼう」という呼びかけを行い、一生産大隊にすぎない大寨が全国に名を知られるようになった。以来、文化大革命の高まりとともに、大寨は毛沢東思想の農業面での実践のもっとも忠実なモデルとして賞賛され、生産大隊の指導者、陳永貴(ちんえいき)は国務院の副総理となり、全国で「大寨式」農業が推し進められた。しかし大寨式の開発は、自然の生態を無視して山地の耕地化を進めたもので、また精神力や人海戦術に頼る前近代的な方法により、それが推奨されたのは技術的必要というより、きわめて政治的な目的をもっていた。したがって文化大革命の終了とともに批判を受け、現在ではその名も聞かれず、陳永貴も失脚した。おそらく当初は地方の一山村における自主的な開発の試みであったが、政治的に利用され無理を重ねることで最初の意図が失われたものであろう。[秋山元秀]

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