大慶(読み)タイケイ

デジタル大辞泉の解説

たい‐けい【大慶】

大きなよろこび。この上なくめでたいこと。「大慶至極に存じます」

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百科事典マイペディアの解説

大慶【たいけい】

中国,黒竜江省南西部,松嫩平原中部にある油田。1959年9月に発見され,中華人民共和国建国10周年を祝う国節(10月1日)直前であったことから〈大慶〉と命名された。1960年から生産が開始され,年間5000万tの原油を生産し,中国一の油田となったが,近年は生産量がピークを過ぎて下降線をたどりつつある。1970年代ごろ〈工業は大慶に学び,農業は大寨に学ぼう〉のスローガンが打ち出され,中国の工業部門の模範とされた。1979年旧安達市を改組して大慶市が設立された。浜洲(ハルビン〜マンチュリー),通譲(通遼〜譲湖路)両鉄路が通じている。大慶市の人口は135万人(2014)。
→関連項目玉門黒竜江[省]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大慶 だいきょう

1732-1818 江戸時代中期-後期の僧。
享保(きょうほう)17年生まれ。浄土真宗備後(びんご)(広島県)大東坊の住職。霊巌(れいがん),隆山(りゅうざん),智幢(ちどう)らにまなぶ。寛政-享和のころ,三業惑乱(さんごうわくらん)(本願寺派の教義をめぐる紛争)がおこると,京都に滞在して宗門護持につとめた。文化15年3月死去。87歳。

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世界大百科事典 第2版の解説

たいけい【大慶 Dà qìng】

中国,東北部,黒竜江省南西部松嫩(しようのん)平原上の省直轄の石油工業都市。人口100万(1994)。旧名安達。もとトルベート(杜爾伯特)旗の遊牧地だった湿草原だが,1906年(光緒32)安達庁がおかれ,13年安達県をおき,60年肇州県の一部を合併,安達市となり,79年大慶市と改名(現在の安達市は大慶市の東南に隣接する県級市)。1959年国慶節直前に油田の試掘に成功したので大慶と命名された,中国最大の油田地帯の中心都市。

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大辞林 第三版の解説

たいけい【大慶】

非常にめでたいこと。大きなよろこび。 「 -至極」 「 -に存じます」

たいけい【大慶】

中国、黒竜江省南西部の都市。大慶油田地帯の中心都市。石油化学工業が発達。ターチン。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大慶
たいけい / ターチン

中国、黒竜江(こくりゅうこう)省南西部の地級市。旧称は安達(あんだつ)。松嫩(しょうどん)平原の中西部に位置し、南部は吉林(きつりん)省と接する。5市轄区、3県、1自治県を管轄する(2017年時点)。人口281万5500(2011)。1959年中国屈指の大油田(大慶油田)が発見され、労働者を大量投入する人海戦術的な方式で、石油工業都市として発展した。大躍進期の「工業は大慶に学べ」というスローガンは有名。過度な採掘により、2000年前後から原油生産が激減し、2002年には失業労働者による大規模なデモが発生した。浜洲(ひんしゅう)線、通譲線(通遼(つうりょう)―大慶)、2015年開通の哈斉(はせい)旅客専用線(ハルビン―チチハル)などが通じ、綏満高速道路(綏芬河(すいふんが)―満洲里(まんしゅうり))、大広高速道路(大慶―広州(こうしゅう))も通る。2009年には、市中心部の北約20キロメートルに大慶サルト空港が開港した。
 大慶油田開発の功労者、油田労働者として著名な王進喜(おうしんき)(1923―1970)の記念館がある。市東部の竜鳳(りゅうほう)湿地は自然保護区に指定されている。[周 俊]

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精選版 日本国語大辞典の解説

たい‐けい【大慶】

〘名〙 (形動) この上なくめでたいこと。大いに祝いよろこぶこと。また、そのさま。「大慶至極」
※平治(1220頃か)上「かやうに御意に懸けられ候ふ条、身に取りて大慶なり」 〔後漢書‐明帝紀〕

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