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大野城跡

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

大野城跡

663年の白村江の戦いで敗れた大和朝廷が、唐(中国)・新羅(朝鮮)連合軍の侵略から大宰府を守るため、亡命した百済(朝鮮)人の指揮・監督で665年に築造した日本最古の山城。大野城市を中心に太宰府市宇美町にまたがる四王寺山に築かれ、土塁や石垣の総延長は8キロ。内側に食糧庫や武器庫など約70棟の建物跡が確認されている。1953年に国の特別史跡に指定された。大野城のように、「日本書紀」などの文献にある古代山城朝鮮式山城と呼び、記載された11カ所のうち6カ所が確認されている。一方、文献にないのは神籠石系山城と呼ばれ、これまでに16カ所が確認されている。いずれも北部九州から近畿までの瀬戸内海沿いに点在している。

(2010-08-14 朝日新聞 朝刊 福岡 1地方)

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国指定史跡ガイドの解説

おおのじょうあと【大野城跡】


福岡県太宰府市太宰府、大野城市乙金、糟屋(かすや)郡宇美(うみ)町四天王寺にある古代の城跡。大宰府跡のすぐ北、標高410mの四王寺(しおうじ)山一帯に築かれ、尾根を伝って8.2km以上の土塁が山腹をめぐり、土塁が谷にかかるところには堅固な石垣がある。663年(天智天皇2)の白村江の戦いで、唐・新羅(しらぎ)連合軍に敗れた後、亡命百済(くだら)人を筑紫(つくし)に派遣して大野に築かせた城で、大宰府の西に造られた水城(みずき)や、南の基肄(きい)城、東南東の阿志岐山(あしきさん)城と同様に、大宰府の防御が目的であった。百間(ひゃっけん)石垣と呼ばれる最大規模の石垣は全長約200mで、城門は4ヵ所開かれ、城内の高いところの平坦地には礎石群が残っており、桁行5間、梁間3間という総柱の建物跡が確認された。武具のほか炭化した米粒などが検出され、貯蔵用の高床式の倉庫であったと考えられる。烽火(のろし)台や望楼の跡もあるが、経筒なども出土し、774年(宝亀5)に外敵駆逐を祈願して山頂に建立された四王院の遺構も混在している。城域は四王寺県民の森として遊歩道が整備されている。1932年(昭和7)に国史跡に、1953年(昭和28)には特別史跡に指定された。JR鹿児島本線大野城駅からコミュニティバス「総合公園入口」下車、徒歩約1時間10分。

出典|講談社国指定史跡ガイドについて | 情報

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