I.ニュートンの万有引力の法則と運動の法則とに基づいて,主として太陽系内天体の運動を論ずる天文学の分野である。二体問題,三体問題,惑星運動論,月・衛星運動論,人工衛星運動論,軌道論,そして地球の歳差と章動,月や惑星の自転運動,平衡形状論などを研究の対象とする。ニュートンの力学理論は20世紀になってA.アインシュタインの一般相対論に交代を余儀なくされた。しかし,太陽系内の天体は相対論の見地では弱い重力場の中をゆっくり運動していることになるので,一般相対論を全面的に援用することは必要でなく,場合に応じて一般相対論による小さな補正効果を論じればよい。そのような相対論的効果の一例としてよく知られた現象に水星の公転運動における近日点の前進があるが,これはアインシュタイン自身によって解明された(1915)。
17世紀の初めころJ.ケプラーは火星の観測データを整約して苦心のすえに惑星一般の運動の法則を導いた。ケプラーの法則に従う惑星の運動はケプラー運動と呼ばれ,天体力学で取り扱う天体の運動の基本型となっている。したがって天体力学で最初に論ずるのは万有引力の法則に基づいてケプラー運動を演繹(えんえき)することであり,これを初めて行ったニュートンは天体力学の創始者といってよい。実際その著《プリンキピア》(1687)の中でニュートンは,太陽の摂動を受けた月の運動なども論じている。ただしニュートンは理論の展開をもっぱらユークリッド幾何学で行ったのでそこに適用の限界があった。
ニュートンの研究を受け継いで月の運動や三体問題などを解析的方法で論じたのはL.オイラーである。とくにケプラー要素の時間変化によって摂動を表す着想はオイラーに始まり(1753),のちJ.L.ラグランジュが完成した(1782)。これは現在ラグランジュの運動方程式といわれ摂動論の基本式となっている。ラグランジュと時を同じくして活躍したP.S.ラプラスは,諸惑星の長年摂動を論じて太陽系の安定性を示した(1773)。ラプラスはまた《天体力学》全5巻(1799-1825)の著者としても知られるが,本書によって〈天体力学〉ということばとともにその体系を築いたといえる。
19世紀に入ると,天体力学の研究はC.F.ガウス,J.ヤコビ,U.J.J.ルベリエ,J.C.アダムズ,S.ニューカム,G.W.ヒル,H.ポアンカレなどの多くの学者によって行われてその全盛時代を迎えた。とくに天王星の運動の不整から純理論的に未知惑星(海王星)の予想位置を計算し,実際の発見にまで導いたことは,天体力学の勝利とうたわれた。ところが19世紀末に,ポアンカレは摂動論で使われる三角級数の収束を論じてその非一様収束性を指摘し,それを契機として天体力学の関数論的研究が興った。そして20世紀になると,レビ・チビタT.Levi-Civita,バーコフG.D.Birkhoff,ズンドマンK.F.Sundmanなどの研究に受け継がれて天体力学は抽象的な性格を強めた。
20世紀の後半になって,天体力学に大きく影響したのは人工衛星の打上げと大型コンピューターの出現である。これらはあいまって天体力学の研究に豊かな具体性をもたらし,アポロ宇宙船やボエジャー探査機の飛行に見るように,天体力学とコンピューターとの関連はきわめて深いものとなった。
執筆者:堀 源一郎
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ニュートンの万有引力の法則に基づいて天体の運動を記述する学問分野。ケプラーの発見した火星や金星などの運動に関する法則を説明するために導入された万有引力の法則であるが、太陽系の天体ばかりでなく、質量をもつ天体にはすべて当てはまり、星団や銀河系内の星の運動、銀河団の中の銀河の運動の研究にも使われている。
質量をもつ物体(天体)は他の物体(天体)に一定の作用をする。いくつもの天体があっても、それらの作用をすべて加え合わせると、作用を受けている天体の運動を次々と説明できる。つまり、ニュートン力学が成り立つ範囲では、最初の条件がすべて決まれば、それ以後のすべての天体の動きを明らかにできるばかりでなく、過去にさかのぼって計算することも可能である。
天体の動きを一定の式を使って解析的に記述することは非常にむずかしい問題である。2体のみが存在する場合には、ケプラーの法則に使われたように、2体の運動を完全に解析的に解くことができる。3体の場合には特別の初期条件の場合にのみ解析的に解ける。このように特別な例を求めることが19世紀に精力的に行われた。フランスのルジャンドルやポアンカレなどの数学者が活躍した。
一方、3体目の影響を2体間の運動に対するわずかな乱れとして取り扱う摂動論の研究が進められた。この手法は、太陽系のように大きな質量をもつ天体(太陽)があるような場合には有力な手段である。1846年の海王星の発見は、天王星の動きに対する各惑星による摂動量が計算され、それでも説明しきれない影響を与える天体の位置が予言され、それに基づいて発見されたもので、天体力学の大きな勝利の一つである。
20世紀に入っての天体力学はいかに手順よく計算を進めるかが中心テーマで、あまり本質的な進展はみられなかった。しかし1950年代以降のコンピュータの発達と、人工衛星の打上げによって、その精度が飛躍的に向上した。その結果、天体力学の応用範囲も広がっている。月探査機アポロ号の月着陸や惑星探査機ボイジャーの木星・土星探査の際には天体力学は重要な役割を果たしている。小惑星や月の運動を数百万年以前にまでさかのぼって計算し、その起源を考えるデータを提供している。また銀河系内の星の運動を記述する恒星系力学も発展している。しかし、水星の近日点移動の問題にみられるように、天体力学の応用範囲は相対性理論の影響が小さい場合にのみ限られることを留意しなければならない。
[磯部琇三 2015年5月19日]
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…また,この研究に際して考えられた恒星分布の統計的手法は,数理統計学の分野に大きく寄与することとなった。シャーリエは天体力学にも造詣が深く,ルント大学において1898年から行った天体力学の講義に基づいた著書《天体力学》全2巻(1902,07)は,優れた教科書として定評がある。【堀 源一郎】。…
… P.S.ラプラスは,王政末期から革命時代,ナポレオン時代,さらに王政復古の時代にかけていつも高い地位にあり,政治的節操には欠けるところがあったが,18世紀解析学の頂点をきわめた数学者である。彼は5巻の《天体力学》(1799‐1825)と《確率の解析的理論》(1812)を残した。前者はポテンシャル論を含み,ニュートン,オイラーらにもとづく太陽系の理論をまとめたもの,後者はラプラス変換論や生成関数論を含む大著である。…
… 17世紀の初めころJ.ケプラーは火星の観測データを整約して苦心のすえに惑星一般の運動の法則を導いた。ケプラーの法則に従う惑星の運動はケプラー運動と呼ばれ,天体力学で取り扱う天体の運動の基本型となっている。したがって天体力学で最初に論ずるのは万有引力の法則に基づいてケプラー運動を演繹(えんえき)することであり,これを初めて行ったニュートンは天体力学の創始者といってよい。…
… 近世における天文学はコペルニクスの地動説に始まり,ケプラー,ガリレイを経てニュートンに至って大きく進歩した。彼が発見した一般の力学法則および万有引力則に基づいて,18世紀には天体力学が著しく発達した。また17世紀初めに実用化された望遠鏡の使用によって天体観測の方面にも大きな変革が行われた。…
…そこに〈ラプラスの星雲説〉も見られる。主著に5巻の《天体力学》(1799‐1825)と《確率の解析的理論》(1812)がある。前者は彼の導入した解析学の新しい方法を述べつつ,太陽系天文学の新分野を壮大に展開している。…
※「天体力学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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