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天竺徳兵衛 てんじくとくべえ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

天竺徳兵衛
てんじくとくべえ

江戸時代初期の商人。播磨国高砂の人で,15歳のときインド (天竺) に渡り,88歳のとき剃髪して宗心と号した。『天竺渡海物語』を著わした宝永4 (1707) 年には 96歳 (一説に 84歳) で,この著書によって,国主から生涯5人扶持を賜わったという。

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デジタル大辞泉の解説

てんじく‐とくべえ〔テンヂクトクベヱ〕【天竺徳兵衛】

江戸初期の商人。播磨(はりま)の人。しばしばインドに渡って貿易に従事。その生涯は歌舞伎浄瑠璃に劇化されている。著「天竺渡海物語」は当時の貿易事情を知る重要な史料。生没年未詳。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

天竺徳兵衛 てんじく-とくべえ

1612-? 江戸時代前期の貿易商。
慶長17年生まれ。寛永3年角倉了以(すみのくら-りょうい)の朱印船船頭前橋清兵衛の書記役としてシャム(タイ)にわたる。7年にはオランダ人ヤン=ヨーステンの船で再度シャム,インド方面に渡航。これらの見聞をまとめて宝永4年(1707)「天竺渡海物語」をあらわした。のち,物語は歌舞伎や浄瑠璃(じょうるり)の題材にとりあげられた。播磨(はりま)(兵庫県)出身。

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朝日日本歴史人物事典の解説

天竺徳兵衛

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:慶長17?(1612)
江戸時代前期の海外貿易家。播磨国加古郡高砂町(兵庫県高砂市)生まれ。角倉与一船の船長前橋清兵衛の書役として,寛永3(1626)年10月16日,15歳のとき,長崎を出航し,暹羅(シャム)方面へ渡海。また,同7年11月14日には,ヤン・ヨーステンの船に乗り再び渡海した。晩年は宗心と号し,大坂上塩町(大阪市天王寺区)に居住。宝永4(1707)年,96歳のとき,外国渡航時の記憶をもとに見聞録を作成し,長崎奉行へ提出した。この見聞録は,鎖国後の世人の関心を引き,広く世間へ流布したが,内容的には信憑性を欠くものが多い。また,浄瑠璃本天竺徳兵衛 郷 鏡 」(近松半二合作,1763年初演),歌舞伎本「天竺徳兵衛韓噺」(4代目鶴屋南北作,1804年初演)のほか,文化年間(1804~18)の草双紙「天竺徳瓶物語」(山東京伝作)などの主人公で登場,大いに人気を博した。

(岩崎義則)

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世界大百科事典 第2版の解説

てんじくとくべえ【天竺徳兵衛】

1612(慶長17)‐?
江戸初期の商人。播磨国高砂の出身。1626年(寛永3)には角倉(すみのくら)船の船頭前橋清兵衛の書役として,また30年にはヤン・ヨーステンの船に乗船して中天竺(シャム)に渡航した。1707年(宝永4)徳兵衛は両度の渡海と東南アジアの寄港地の見聞を長崎奉行所に提出したが,これが世上に流布して《天竺徳兵衛物語》《渡天物語》などと称された。内容には地理的な誤りなどもあるが,山田長政など南方移住日本人の記述や朱印船貿易の記事は貴重である。

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大辞林 第三版の解説

てんじくとくべえ【天竺徳兵衛】

江戸初期の商人。播磨の人。数度のインド方面への渡航の見聞を記して長崎奉行に提出、歌舞伎「天竺徳兵衛韓噺いこくばなし」などに脚色される。生没年未詳。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天竺徳兵衛
てんじくとくべえ
(1612?―1707?)

江戸初期の商人。正確な生没年は不明。播磨(はりま)国(兵庫県)高砂(たかさご)の生まれという。1626年(寛永3)、朱印船貿易家角倉了以(すみのくらりょうい)の船頭、前橋清兵衛に書役(かきやく)(書記)として雇われ、シャム(タイ)に渡航し、さらに30年にもオランダ人ヤン・ヨーステン(耶揚子(やようす))の朱印船に乗り組み、東南アジアからインド方面に渡航した。この二度の渡航の見聞をまとめたものが『天竺渡海物語』『天竺物語』として伝えられ、当時の朱印船の構造や貿易品などを知る重要な史料となっている。また、徳兵衛の見聞記は、その異国趣味的興味が鎖国制下、江戸時代庶民の好奇心をそそり、『天竺徳兵衛聞書往来』(並木正三(しょうざ)・1757)、『天竺徳兵衛郷鏡(さとのすがたみ)』(近松半二(はんじ)・1763)、『天竺徳兵衛韓噺(いこくばなし)』(4世鶴屋南北(つるやなんぼく)・1804)など、浄瑠璃(じょうるり)や歌舞伎(かぶき)の題材に取り上げられ、広く流布した。[加藤榮一]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の天竺徳兵衛の言及

【阿国御前化粧鏡】より

…1809年(文化6)6月江戸森田座初演。配役は,天竺徳兵衛実は赤松次郎政則・岩倉夜叉丸・土佐又平後に木津川与右衛門・累井筒の累を尾上栄三郎(後の3世菊五郎),狩野四郎次郎元信・村越良助を花井才三郎,那迦犀那尊者実は竹杖外道・後室お国御前・渡し守浮世又平を尾上松助。題材は,一番目が,天竺徳兵衛と佐々木家のお家騒動のうち,お国御前と狩野四郎次郎の愛欲のかけひきを中心に,不破名古屋の世界を仕組み,牡丹灯籠の趣向をこらし,二番目は,累・与右衛門を中心に,小さん・金五郎の世界をもちこみ,佐々木家にちなんで土佐又平や元信の妹である芸者小さんを登場させている。…

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