女大学(読み)おんなだいがく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

女大学
おんなだいがく

江戸時代の代表的な女子教訓書。著作者および初版刊行年は不明であるが,貝原益軒著述として 18世紀初頭から広く流布した。「夫女子は,成長して他人の家へ行,舅姑に仕るものなれば,男子よりも,親の教忽にすべからず」以下 19ヵ条にわたり良妻賢母主義の封建的女子道徳を説いたものである。

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デジタル大辞泉の解説

おんな‐だいがく〔をんな‐〕【女大学】

女子のための教訓書一般をいう語。また、封建的な女子教育をもいう。
[補説]書名別項。→女大学

おんなだいがく【女大学】[書名]

江戸中期以降広く普及した女子用の教訓書。貝原益軒の「和俗童子訓」をもとに後人が抄出したとされる。享保年間(1716~1736)ごろ刊。女子の修身斉家の心得を仮名文で記したもの。

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百科事典マイペディアの解説

女大学【おんなだいがく】

江戸中期以降に普及した女子教訓書。1冊。1716年版《女大学宝箱》の本文を最古とするが,著者不詳。貝原益軒の《和俗童子訓》の関係部分を通俗化したもの。家庭内の女子の隷従の道徳を説く。以後,《女大学》と題する同内容のものが数十種出版された。明治以降も同様の内容のものが高等女学校の修身教材として使われたが,小笠原長信《開化女大学》,福沢諭吉《新女大学》など批判書が多く出た。

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世界大百科事典 第2版の解説

おんなだいがく【女大学】

江戸時代中期以降普及した女子教訓書。1716年(享保1)版《女大学宝箱》の本文が最古のもので,末尾貝原益軒述とあるが,確証はない。彼の著作《和俗童子訓》(1710)巻五〈女子を教ゆるの法〉をもとにして書かれたものであろう。〈女は陰性(いんしよう)なり。故に女は男に比ぶるに,愚かにして目の前なる可然(しかるべき)ことをも知らず〉〈総じて婦人の道は,人に従うにあり〉という女性観に立ち,婚家先での嫁のとるべき態度を説く。

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大辞林 第三版の解説

おんなだいがく【女大学】

女子の教訓書。一巻。貝原益軒作とされるが、著者・成立年代とも未詳。一九条からなり、封建社会における女性観が著されている。江戸中期以後広く流布した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

女大学
おんなだいがく

江戸中期以降広く普及した女子教訓書。貝原益軒(かいばらえきけん)あるいはその妻東軒(とうけん)の著とされてきたが、証拠はない。現在では益軒の『和俗童子訓』巻5の「女子ニ教ユル法」を、享保(きょうほう)(1716~36)の教化政策に便乗した当時の本屋が通俗簡略化して出版したものとされる。現存最古の版は1729年(享保14)で、その後挿絵や付録をつけ多くの異版が出た。益軒の原文が結婚前の女子教育を17か条に分けて説いたのに対し、本書は字数を3分の1に減らし19か条に分け、まず女子教育の理念、ついで結婚後の実際生活の心得を説く。一度嫁しては二夫にまみえぬこと、夫を天(絶対者)として服従すること等々、封建的隷従的道徳が強調される。益軒には敬天思想に基づく人間平等観があり、それが原文の基調となっていたが、『女大学』ではすべて捨象されている。明治に至り、『女大学』を批判し、近代社会生活における女性のあり方を説くものが、福沢諭吉(ゆきち)の『新女大学』(1898)をはじめとして数種出ている。[井上 忠]
『荒木見悟・井上忠編『日本思想大系 34 貝原益軒・室鳩巣』(1970・岩波書店) ▽石川松太郎編『女大学集』(平凡社・東洋文庫)』

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