妓生(読み)キーサン

世界大百科事典 第2版の解説

キーセン【妓生 Kisaeng】

朝鮮の伝統的な芸妓。キーサンとも表記する。もと奢侈奴隷として発生し,のちには歌舞を売るものとして身分的には官婢であった。妓生は新羅時代にも存在したが,正式に官婢としての妓生が登場するのは高麗時代の初期である。高麗の官僚制度が確立し,地方官衙の歌舞のために制度的に設置された妓生は,以後李朝末期までの約1000年間全国につねに2万~3万名が存在したことになる。李朝時代には官婢として県に10~20名,郡に30~40名,府に70~80名ほどが常時置かれていた。

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大辞林 第三版の解説

キーセン【妓生】

〔朝鮮語。キーサンとも〕
朝鮮で、もと歌舞・音楽をもって宮中に仕えた官妓。ぎせい。
朝鮮の芸妓。

ぎせい【妓生】

妓生キーセンを日本語読みした語。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

妓生
ぎせい / キーセン

朝鮮の、歌舞を職業とする女性の総称、また芸妓(げいぎ)をいう。古くは官妓と民妓があり、ソウルと平壌(ピョンヤン)に妓生を養成する学校があった。15歳から20歳までの娘を入学させ、歌舞のほかに礼節、詩、詩画などを厳しく仕込み、上流社会の人士の趣向にあうよう養成したが、いまはその制度はない。統一新羅(しらぎ)の礎(いしずえ)となった花郎(ファラン)の前身源花(ウォンファ)と、水草を追う漂泊人の楊水尺(ヤンスチョク)の女たちを発生源とする二つの説があり、両者の混融も考えられる。高麗(こうらい)の宮廷神事である八関会(パルクワンフェ)と燃灯会(ヨンドンフェ)での女楽奉納が官妓の始まりであり、のち女医、縫裁などをも兼務した。官妓から黄真伊(ホアンジンイ)、論介(ノンゲ)など多くの名妓が出た。官妓の制度が廃れたのちもその気風は伝承され、今日、妓生出身の無形文化財に指定された芸能者が多い。[金 両 基]

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精選版 日本国語大辞典の解説

キー‐サン【妓生】

〘名〙 (gi-saiŋ 「妓生」の朝鮮漢字音)⸨キーセン⸩ (朝鮮の)芸妓。古くは官妓と民妓の二つがあり、前者は宮中の舞楽を行ない、役所の高官の接待に当たるもの、後者は宴席に侍して音楽、舞踊などをするものであった。現在韓国にあるものは民妓。
※朝野新聞‐明治一八年(1885)四月一九日「妓生(キーサン)に祿を与へて官妓と称するに至りしなりと」

ぎ‐せい【妓生】

〘名〙 キーサン(妓生)の漢字を日本の漢字音で読んだ語。〔現代語大辞典(1932)〕

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世界大百科事典内の妓生の言及

【芸者】より

…妓女は特殊の賤民として楽戸に入れられ,明代には謀反者の妻妾士女が楽籍に編入されて賤業に従事させられたが,清代に奴婢解放の気運がたかまり,1723年(雍正1)楽戸の大解放がおこなわれ,妓女は良民として扱われるようになった。 なお朝鮮の芸者は妓生(キーセン)とよばれ,官妓と民妓の二つがあり,ともに賤民として扱われていた。いまは大韓民国に民妓のみが残っており,置屋制度はない。…

【賤民】より

…(5)僧尼 李朝の排仏策から生まれ,最下層に在家僧がある。(6)妓生(キーセン) 官衙に所属し,歌舞音曲や売春などを業とし,針線婢,医女としても官衙で使役された。(7)公私の奴婢 賤民の中で最大のものであり,全人口の10%程度が存在したと推定される。…

※「妓生」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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