宜陽殿(読み)ぎようでん

世界大百科事典 第2版の解説

ぎようでん【宜陽殿】

儀陽殿とも記す。平安宮内裏の殿舎。827年(天長4)にその存在が確認できるので,平安宮創建時から設けられたと推定できる。紫宸殿の東側に位置し,南にある春興殿とならんで,西側にある校書殿(きようしよでん),安福殿と相対する。桁行9間,梁行2間の身舎の四面にをつけた南北棟建物である。身舎は塗籠につくり,天皇所持の書法,楽器,甲冑などの宝物を収蔵し,納殿とよばれた。内裏内の御物の収蔵施設はこのほかにもあるが,《西宮記》によれば,累代の御物は宜陽殿に,恒例の御物は校書殿の蔵人所と綾綺殿(りようきでん)に,紙御屛風は仁寿殿(じじゆうでん)に収蔵したという。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宜陽殿
ぎようでん

平安宮内裏(だいり)の殿舎の名。紫宸殿(ししんでん)の東にある。檜皮葺(ひわだぶ)きで南北9間、東西2間の母屋(もや)の四面に廂(ひさし)、東に孫廂がある西向きの建物。母屋を納殿(おさめどの)といい、書物、楽器などの御物が納められ、『枕草子(まくらのそうし)』には、当時よいものを褒めるとき「宜陽殿の一の棚に」という言い方があった、と記されている。西廂の北側には公卿(くぎょう)座、東廂には大臣の宿所などがあった。南廂の西側には議所があり、叙位・除目(じもく)の際の公卿の集合場所となった。現在の京都御所には、この殿舎を江戸時代に復原したものが残っている。

[吉田早苗]

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