宝塔山古墳(読み)ほうとうざんこふん

国指定史跡ガイドの解説

ほうとうざんこふん【宝塔山古墳】


群馬県前橋市総社町にある古墳。利根川西岸に発達した高燥地に所在し、1辺約54m、高さ12m前後の2段築成の円墳で、主体部は截石切り組積みの複室の横穴式石室をもち、羨道(せんどう)、前室、玄室に分かれ、その入り口に前庭がある。石室の全長約12m、玄室長約3m、前室長約4m、羨道長約3.6m。側壁はやや硬質の安山岩を長方形もしくは方形に整えて使用し、奥壁は巨石1石で、天井は玄室1石、前室3石、羨道3石の構成で表面を整えて水磨きにし、壁面には漆喰(しっくい)が塗られていた痕跡が確認されている。玄室の中央には石室の長軸に直交して横口式の家形石棺が安置され、その底部近くに格狭間(こうざま)が刳()り抜かれており、正面やや左寄りには八角形の穴が掘られている。この古墳は構築技術に優れ、仏教文化の影響がみられることから貴重とされ、1944年(昭和19)に国の史跡に指定された。副葬品は明らかでないが、蛇穴山古墳とともに当時の上野国の文化水準の高さを示す終末期古墳で、7世紀末の築造と推定されている。JR上越線群馬総社駅から徒歩約10分。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宝塔山古墳
ほうとうざんこふん

群馬県前橋市総社(そうじゃ)町にある7世紀末期の方墳(ほうふん)。現在裾部(すそぶ)には石垣が巡り、原形を失っているが、墳丘には葺石(ふきいし)も認められ、方墳の形状をよくとどめている。54.5メートル(東辺)×49メートル(南辺)、高さ11メートル。北関東地域最大の方墳。主体部は南辺部ほぼ中央位に開口する両袖(りょうそで)型の横穴式石室で、現地表面より約2.5メートルの高さに床面が位置している。その規模は全長12.41メートル、玄室部が奥室と前室に分かれ、奥室に格狭間(こうざま)切り込みをもつ家形石棺を置いている。玄室部は長さ3.15メートル(右壁)、幅2.90メートル(奥壁)で、ほぼ方形プラン。前室は長さ3.97メートル(右壁)、幅1.97メートルである。用材は側壁、天井石とも加工石材で、表面は漆食(しっくい)仕上げ。羨道(せんどう)前面には前庭を配している。1944年(昭和19)国の史跡に指定された。[梅澤重昭]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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