鎌倉初期から明治初期まで広く用いられた教訓書。選者は,弘法大師,護命僧正等の説があるが不明。平安末期ごろの選作と推定される。仏教思想を主とし,仏教および儒教の教典から文を選び,漢詩流の五言96句に構成したもので,児童の暗誦に適した文体。〈山高故不貴 以有樹為貴 人肥故不貴 以有智為貴〉ではじまり,智を財物に対する不朽の宝とし,智を獲得するために幼時から書を読み学に勤めることを説く。この智および学は,今日いうところの知識・学問とは異なり,儒仏それぞれに存する人間倫理の学である。したがって勧学の書ではあっても,学ぶべき内容は社会生活における行為の規範である。後半では,父母への孝,他人への愛と敬,悪を避け善を修めること等を説く。鎌倉~室町時代にもかなり流布していたが,江戸時代には,単独または《童子教》と合わせてさかんに刊行され,寺子屋の教科書として使用された。明治初期,福沢諭吉は《学問のすゝめ》で本書の〈人不学無智 無智為愚人〉を引用して学ぶことの重要性を説き,この内容を西欧的学問にと転換させた。
執筆者:中江 和恵
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
平安末期から明治初期まで広く用いられた初歩教科書。作者は未詳。平安末期ごろの作と推定されている。幼童にも朗読しやすいよう漢詩流の五言対句の体裁をとる。人間の本質なり価値を「知」に置き、その無限的価値を強調し、「知」の体得のためには幼童からの読書勉励と、道徳的実践とが必要であることを力説している。中世にもかなり普及していたが、近世に入り『童子教』などと合体の形で出版され、寺子屋などの道徳教科書として広く流布した。また『新実語教』などの類書も輩出し、後世の道徳教育や教科書編纂(へんさん)に多大の影響を与えた。
[利根啓三郎]
『石川謙・石川松太郎著『日本教科書大系5 教訓』(1969・講談社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
往来物の一つ。平安後期に起源をもち,近世まで使われた道徳教科書。作者不詳。5字1句,96句で構成。内容は児童にむけた学問のすすめ。智と財を対比させ,智を財をこえる無限の価値として強調し,その智を得るため学問に励むべきことをさとす。平安後期以後の貴族・寺社での道徳教育の実態を知る好史料であり,中世から近世に及ぶ同書の膨大な注釈書は,その道徳観の社会的拡大と歴史的発展をたどる好素材である。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
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