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対日占領 たいにちせんりょうallied occupation of Japan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

対日占領
たいにちせんりょう
allied occupation of Japan

ポツダム宣言に基づいて 1945年8月 28日から 52年4月 28日まで行われた連合国側による日本占領のこと。占領の最高政策機関として極東委員会が設置され,連合国による占領管理の形式をとり,そのもとで総司令部 SCAPEが占領政策の実施にあたったが,連合国最高司令官 D.マッカーサー元帥はアメリカの軍人であり,H.トルーマン米大統領の言明もあって,実質的にはアメリカによる単独統治であった。 46年からイギリス連邦軍が中国,四国の占領に参加したが,軍政には関与しなかった。対日占領は,日本政府を通じての間接統治であり,SCAPEは GHQの指令,メモランダムなどによって日本政府に指示を与え,政治,経済諸制度の抜本的な改革を行なった。このなかには,憲法の民主的改定,財閥解体農地改革などがある。また占領軍は直接,軍事裁判により,いわゆる戦争犯罪人の処罰を行なった。占領政策は,当初は日本の非軍事化と民主化を目標としたが,冷戦の激化を背景に日本の左翼勢力の活動が活発化するにつれ,47年の二・一スト中止命令を契機として 48年にかけて転換が行われ,民主化政策は後退した。また 50年に朝鮮戦争が勃発すると,日本政府に対して警察予備隊の創設を命じ,事実上の再軍備が始められた。 51年4月にはマッカーサー元帥が罷免され,連合国最高司令官の後任に M.リッジウェー中将が任命された。 51年9月対日講和条約が締結され,52年4月 28日その発効とともに日本は独立を回復した。

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