六訂版 家庭医学大全科 「専門医とは何か」の解説
上手な医療の利用法
専門医とは何か
(健康生活の基礎知識)
●学会によって基準が違った―標準化の動き
病院や診療所の看板に「日本内科学会認定内科専門医」「日本整形外科学会認定整形外科専門医」……などと書かれているのを見ることが多いでしょう。2008年から、ある基準を満たした学会が認定した専門医に限り広告を解禁したのです。歯科を含め54種類の専門医が広告可能になりました。
このような専門医はどのようにしてつくられるのでしょうか。「専門医」と聞けば、その領域の専門的な技量、知識をもち、豊富な臨床経験をつんだエキスパートと思いたくなります。しかし実際はどうなのでしょうか。
日本の専門医は、それぞれの学会が認定しているのが実情です。学会が独自に受験資格を取り決め、試験問題を作り、試験を行う。学会によって試験が非常にやさしいところがあり、きわめて難しい学会もあります。学会に何年在籍したかなどの学会歴が、最優先されている学会もあります。一口に専門医といっても、学会によっては、言葉は厳しいですが粗製乱造する傾向もあると聞きます。もちろん厳しい学会もあるわけですが、専門医イコール専門的な知識、優れた技術をもった医師と考えるのには問題があります。
学会は専門医制度を持つと、会員を多く集めることもできるし、専門医認定試験の受験料などで財政的にも潤う。そのような側面もあることも否定できないのです。
ちなみにアメリカの専門医資格は、各専門科の委員会が認定します。委員会は学会とは異なる非政府組織です。
社団法人「日本専門医制評価・認定機構」は一般市民にもわかりやすい、しかも高い水準の専門医認定の標準化をめざして活動をしています。以前は、「専門医認定制協議会」として活動していましたが、後に「中間法人日本専門医認定機構」と名称を変え、さらに2008年5月から社団法人になったのを機に、名称を変えました。
●基本領域、サブスペシャリティとは何か
日本専門医評価・認定機構は、71の学会が加盟して運営されています。これらの学会から意見を聞き、調整し、専門医制度を標準化していく作業は、決して容易ではないようです。
学会は大きく分けて2種類あります。「基本領域」の学会と、「サブスペシャリティ」の学会です。基本領域の学会は18学会あり、日本内科学会、日本外科学会、日本小児科学会、日本産婦人科学会……というように、病院の標榜科目のような基本的な診療科です(表2)。
サブスペシャリティとは、内科、外科という基本領域から、さらに専門分化した領域です。たとえば、基本領域の学会の一つである日本外科学会にとってのサブスペシャリティの学会には、日本消化器外科学会や日本心臓外科学会などがあります。
日本専門医制評価・認定機構は、基本領域の学会には認定書を出したといいます。すなわち専門医の認定のための条件が整備されたので「専門医をお決めになって結構ですよ」というゴーサインが出たということでしょう。「内科専門医」「外科専門医」「小児科専門医」……を各基本領域の学会が認定できるわけです。
日本には「自由標榜制」という、どの診療科を名乗ってもいいという奇妙な制度があります。この制度がなくなったわけではないのですが、それと似たようなことで、現在、基本領域の学会の専門医を兼ねる医師もいます。基本領域の専門医を複数取得することは、今後は原則として認められなくなりました。
ここで基本領域の学会の専門医は、果たして専門医なのか? という疑問がわきます。内科にしろ、外科にしろ、整形外科にしろ、その守備範囲はものすごく広い。たとえば内科でも呼吸器、血液、消化器……など、さまざまな分野があります。つまりこれがサブスペシャリティにあたるのですが、専門分化した領域に特化した医師だけが「専門医」ではないのか、という疑問です。
基本領域とサブスペシャリティとの関係は建物にたとえるならば、基本領域は「1階」部分、サブスペシャリティが「2階」部分ということになります。「2階」部分が、「専門医」と呼ぶにふさわしいのではないでしょうか。
日本専門医制評価・認定機構では、基本領域、つまり1階建てのところは、今は「専門医」と呼んでいるのですが、本当は専門医と呼ばないほうがいいのではないか、「総合専門医」という言い方がふさわしいのではないか、という意見も多いようです。
「総合専門医」とは、内科専門医なら内科領域を包括的に勉強していて、患者を診察する。もしさらに専門性を要求される時は、サブスペシャリティの医師につなぐことができる。そのようなイメージでしょうか。
●脱学会主導型を果たした心臓血管外科専門医の場合
「1階」部分に当たる、いわゆる「総合専門医」―基本領域はひとまず認められたわけですが、「2階」部分のサブスペシャリティは、なかなか難しい側面もあって、目下進行中ということのようです。
たとえば心臓を手術する外科医を想定してみましょう。心臓を手術する外科医の学会は、「日本胸部外科学会」「日本心臓外科学会」「日本血管外科学会」と、3つの学会があります。さらに複雑なのは、「胸部外科」には呼吸器と心臓の両方が含まれます。それぞれの学会が専門医を認定するとなれば、非常に複雑になります。しかもこれら3学会の会員は、3つの学会にオーバーラップ(重なっている)しています。
そこで、先述した3学会で構成する「日本心臓血管外科専門医認定機構」をつくりました。学会単位では、身動きが取れないわけです。しかも外科系の専門医の場合、もちろん知識は大切ですが、手術の腕が決め手になります。知識としてある程度わかっていても、手術ができるかということは別です。心臓血管手術の場合、50例手術をしていないと、専門医の受験資格がありません。ちなみにアメリカの心臓血管専門医の受験資格は、最低100例をこなしていなくてはなりません。
日本の専門医制度が成熟して、文字どおり専門医は、その分野の専門的な知識、技術を持ち合わせた安心して診療を受けることのできる医師、というようになってほしいものです。現段階では、「専門医」という名称に絶対的な信頼を寄せるのではなく、あくまでも一つの目安として参考にするということではないでしょうか。
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報