小松清(読み)こまつきよし

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小松清
こまつきよし
(1900―1962)

評論家、仏文学者。神戸生まれ。神戸高商(現神戸大学)中退後、1921年(大正10)渡仏し、アンドレ・マルローの知遇を得た。1931年(昭和6)帰国後、マルロー、ジッドなどの作品を翻訳紹介し、34年の「行動主義文学論争」に参加、『行動主義文学論』(1935)を刊行した。37年『報知新聞』特派員としてふたたび渡仏し、40年帰国後『沈黙の戦士――戦時下のパリ日記』(1940)を刊行。戦時中はフランス領インドシナに4年間滞在し、ベトナム独立運動に参加して46年帰国。半自叙伝小説『ヴェトナムの血』(1954)を著した。[神谷忠孝]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の小松清の言及

【反ファシズム】より

… このような西欧における運動は日本の知識人にも影響を与えずにはおかなかった。〈反ファシスト知識人監視委員会〉の運動を紹介した,1934年10月の小松清の〈仏文学の一転機〉は大きな反響を呼び,知識人の行動と連帯が雑誌《行動》を中心に広く論議されるが,左翼教条主義の立場からの攻撃で翌年半ばには反ファシズム戦線の萌芽は踏みにじられてしまう。次いでフランスの人民戦線政府に触発されて36年から37年にかけて,舟橋聖一らの〈行動文学〉,林房雄の〈独立作家クラブ〉,1935年成立の〈日本ペンクラブ〉,京都の中井正一らの《世界文化》と《土曜日》などの雑誌,新聞,組織,さらに三木清,中島健蔵,清沢冽らの個人が,ヒューマニズムの提唱というかたちでファシズムへの抵抗を呼びかけるが,37年の日中戦争開始とともに,それらの動きはことごとく一掃されてしまうのである。…

※「小松清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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