1874年(明治7),東京の王子に大蔵省印刷局抄紙部が創設された。これは印刷局の3代目局長得能良介が,紙幣や公債証書の偽造防止のうえからも,日本独特の優秀な紙を作りだす必要があると,越前の紙すき職人をよんで印刷局のなかに手すき工場を設立したものである。はじめ,日本独特の原料であるガンピを使って,印刷効果の良い紙をすくことを試みたが,ガンピの栽培が難しく,大量の原料確保が困難なため,類似の繊細な繊維をもつミツマタを原料とした。いろいろの試作の結果,溜(た)めすき法によって紙肌が滑らかで,紙の腰が強く,緻密(ちみつ)な印刷が可能な厚紙を完成し,印刷局にちなんで〈局紙〉の名称が与えられた。この紙は78年,パリの万国博覧会に出品され,高く評価されて世界的に知られるようになり,85年には多量に輸出されるようになった。これを輸入したオーストリアで亜硫酸パルプを用いて模造したものが日本に逆輸入され,これをさらにまねて作ったものが模造紙である。はじめは手すき紙であったが,のちに機械すきも行われた。現在,越前紙(福井県今立郡今立町)など民間でもすかれている。そのおもな用途は,証券・株券・賞状・辞令用紙などである。
執筆者:柳橋 真
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1875年(明治8)に大蔵省に設けられた印刷局抄紙部で、特別に紙幣や証券用に抄造された上質紙。古来の和紙のなかから、ガンピ(雁皮)を主原料とする鳥の子紙に着目し、越前(えちぜん)(福井県)から専門家を招いて、ミツマタ(三椏)を代用し同様の上質紙の製造に成功した。これを一般に局紙とよぶ。77年に海外へ初輸出され、日本羊皮紙あるいは植物性羊皮紙とよばれて世界的に有名になった。
[町田誠之]
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