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山岡元隣 やまおかげんりん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山岡元隣
やまおかげんりん

[生]寛永8(1631).伊勢山田
[没]寛文12(1672).6.27.
江戸時代前期の俳人,仮名草子作者。別号,而慍斎 (じうんさい) ,洛陽山人。商家に生れ,上京して北村季吟俳諧,和学を学んだ。仮名草子『他我 (たが) 身の上』 (1657) ,『小巵 (こさかずき) 』 (72) の作がある。『百物語評判』 (86) も彼の作に後人が加筆したものという。俳文集『宝蔵』 (71) は俳文の初期のもので後世に影響を与えた。俳諧では『身楽 (みのらく) 千句』 (62) ,『誹諧小式』 (62) のほか,『歌仙ぞろへ』 (66) ,『諸国独吟集』など多くの編著がある。『徒然草鉄槌増補』などの古典注釈書もある。

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デジタル大辞泉の解説

やまおか‐げんりん〔やまをか‐〕【山岡元隣】

[1631~1672]江戸前期の俳人・仮名草子作者。伊勢の人。字(あざな)は徳甫(とくほ)。別号、而慍斎(じうんさい)・洛陽山人。北村季吟に和歌・俳諧を学び、仮名草子・俳諧・古典注釈に活躍した。俳文集「宝蔵」、仮名草子「他我(たが)身の上」など。

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百科事典マイペディアの解説

山岡元隣【やまおかげんりん】

江戸前期の仮名草子作者,また歌人,俳人,国学者。伊勢山田の商家出。後に医家。北村季吟に和歌,俳諧を学ぶ。俳文《宝蔵》(1671年)は和漢の故事を多く引き,洒落飄逸(しゃらくひょういつ)な味をもつ,俳文の嚆矢(こうし)。古典注釈も多い。仮名草子の主著は《他我身(たがみ)の上》《小巵(こさかずき)》など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山岡元隣 やまおか-げんりん

1631-1672 江戸時代前期の俳人,仮名草子作者。
寛永8年生まれ。医業のかたわら北村季吟(きぎん)にまなび,寛文6年ごろ宗匠として独立。俳文集「宝蔵(たからぐら)」,仮名草子「他我(たが)身の上」などのほか古典注釈書をあらわした。寛文12年閏(うるう)6月27日死去。42歳。京都出身。名は新三郎。字(あざな)は徳甫。別号に而慍斎(じうんさい)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山岡元隣

没年:寛文12.閏6.27(1672.8.19)
生年:寛永8(1631)
江戸時代の俳人,仮名草子作者。名は新三郎,字は徳甫。而慍斎,洛陽山人などとも号する。伊勢山田出身の京都の商家に生まれるが,生来病弱であったため廃業し,医を業とする傍ら,北村季吟の門で俳諧や和学を学ぶ。寛文6(1666)年ごろ,宗匠として独立したらしい。俳文の嚆矢とされる『宝蔵』(1671)のほか,『徒然草増補鉄槌』(1669)などの古典の注釈書,『他我身之上』(1657)などの仮名草子,怪談を評判したもので没後に出版された『古今百物語評判』(1686)などの著作がある。

(樫澤葉子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

やまおかげんりん【山岡元隣】

1631‐72(寛永8‐寛文12)
江戸初期の医者,俳人,国学者。徳甫,而慍斎(じうんさい)とも称す。伊勢山田の商家に生まれたが,京都に出て医を志した。しかし北村季吟について古典や俳諧を学び,多くの著述をした。儒仏道や日常の心得について書いた随筆《他我(たが)身の上》,説話集といえる《小さかづき》,教訓的な《百物語評判》などがあるが,《宝蔵(たからぐら)》《歌仙揃》《俳諧合》《俳諧仕様》などの俳諧書も多い。また《伊勢物語言余抄》《源氏家伝抄》《徒然草鉄槌増補》《方丈記抄》《水鏡抄》などの古典研究書や,《吉野山独案内》のような案内記もある。

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大辞林 第三版の解説

やまおかげんりん【山岡元隣】

1631~1672) 江戸前期の仮名草子作者・俳人。字あざなは徳甫。京の人。医を業とし、また、国学・和歌・俳諧を北村季吟に学ぶ。著に仮名草子「他我身之上」、俳書「宝蔵」、注釈書「徒然草増補鉄槌」など。

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