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山脇信徳 やまわき しんとく

美術人名辞典の解説

山脇信徳

洋画家。高知県生。東美校西洋画科卒。第三回文展で褒状を受けた「停車場の朝」は、バーナード・リーチに、モネにも匹敵する作品と激賞され、高村光太郎からも高い評価を得た。日本近代美術史上、自覚的な印象派風の最初の作品として位置づけられている。白馬会展にも出品、のち『白樺同人となった。春陽会客員・国画創作協会会員としても活動した。戦後は高知県洋画家協会を創立、会長をつとめた。昭和27年(1952)歿、65才。

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百科事典マイペディアの解説

山脇信徳【やまわきしんとく】

洋画家。高知県生れ。1910年東京美術学校卒。在学中第3回文展に出品した《停車場の朝》で認められ,以後文展,院展で受賞。のち,春陽会国画創作協会に出品。1925年―1929年滞欧後は郷里で活躍。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山脇信徳 やまわき-しんとく

1886-1952 明治-昭和時代の洋画家。
明治19年2月11日生まれ。42年文展に印象派風の「停車場の朝」を出品,絶賛される。大正12年春陽会会員。14年渡欧し,昭和4年の帰国後は郷里の高知県にすんだ。国画創作協会会員。昭和27年1月21日死去。65歳。東京美術学校(現東京芸大)卒。本名は信徳(のぶのり)。作品に「雨の夕」「午後の海」など。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山脇信徳
やまわきのぶのり

[生]1886.2.11. 高知
[没]1952.1.21. 高知
洋画家。 1910年東京美術学校西洋画科卒業。在学中に第1回文展で『町の橋』 (1907) が入選,09年第3回文展で『停車場の朝』が3等賞となり,印象派の明快な画風をもって一躍世に認められた。卒業後は 17年まで滋賀県膳所中学校の教師をつとめ,その間文展に『午後の海』 (14) ,院展に『湖畔の冬』 (17) などを出品。院展洋画部や春陽会を経て国画創作協会会員となり,25~29年渡欧。帰国後は郷里高知市に住み中央画壇から遠ざかった。その他の主要作品『雨の夕べ』 (08,高知市立中央公民館) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

山脇信徳
やまわきしんとく
(1886―1952)

洋画家。高知生まれ。1910年(明治43)東京美術学校西洋画科を卒業。その前年第3回文展で三等賞を受けた『停車場の朝』は、印象主義作風により一躍名をあげる。14年(大正3)文展出品の『午後の雨』は宮内省買上げ。春陽会の会員となり、国画創作協会洋画部に転じて会員となる。25~29年(昭和4)の渡欧後は高知市に隠退し、国画会展に出品を続けた。[小倉忠夫]

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