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高橋虫麻呂 たかはしのむしまろ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

高橋虫麻呂
たかはしのむしまろ

奈良時代の万葉歌人天平4 (732) 年に藤原宇合 (うまかい) に歌を贈ったことを除いては,正確な経歴は不明。地方官として東国に下り,常陸国に住んでいたと推定される。宇合の下僚として『常陸国風土記』の編纂に関係していたとする説もある。『万葉集』に長歌 14首,短歌 19首,旋頭歌1首を残すが,その多くは「高橋連 (むらじ) 虫麻呂之歌集中出」「高橋連虫麻呂歌中出」の形で収められ,その範囲に異説がある。作品の大部分が旅行中につくられた点,伝説,説話を素材にした作品が多く,しかもその叙述が詳細な点,身辺のことを歌わず叙景歌もない点などが特色。

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デジタル大辞泉の解説

たかはし‐の‐むしまろ【高橋虫麻呂】

奈良前期の歌人。天平(729~749)の初め、朝廷に仕え、後年は地方官として常陸(ひたち)国に赴任。伝説を題材にした長歌・短歌が万葉集に残る。家集「高橋虫麻呂歌集」。生没年未詳。

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百科事典マイペディアの解説

高橋虫麻呂【たかはしのむしまろ】

万葉歌人。微官の役人であったらしいが,経歴,生没年など不詳。諸方に旅し,真間手児名(ままのてこな),菟原処女(うないおとめ),水江浦島子(みずえのうらのしまこ)など各地の伝承を歌いあげた異色の歌人である。
→関連項目藤原宇合万葉集

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高橋虫麻呂 たかはしの-むしまろ

?-? 奈良時代の歌人。
天平(てんぴょう)4年(732)藤原宇合(うまかい)が西海道節度使となったときおくった歌や,「高橋連(むらじ)虫麻呂歌集」中の34首などが「万葉集」にみえる。
【格言など】不尽(ふじ)の嶺(ね)に降り置く雪は六月(みなづき)の十五日(もち)に消(け)ぬればその夜降りけり(「万葉集」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

高橋虫麻呂

生年:生没年不詳
奈良時代の歌人。微官であったらしく閲歴も不明。『万葉集』中,虫麻呂の作と題するものは,天平4(732)年藤原宇合が西海道節度使として遣わされたときの送別の歌(巻6)のみ。ほかに「高橋連虫麻呂の歌集中(歌中)に出づ」とされる年代不明の歌群があり,通常虫麻呂の作品と認められている。あわせて長歌14首,短歌19首,旋頭歌1首。なかで「春三月諸の卿大夫等の難波に下る時の歌」(巻9)は,天平4年もしくは6年とみうることから,およそ天平の前期を中心に活躍したと推定される。また,常陸国に赴任した時期があったようで,「筑波山に登る歌」(巻9)ほか,常陸国をはじめとする東国関係の歌が目立つ。豊かな想像力と色彩感あふれる精細な描写によって,美的かつ浪漫的な傾向を示し,わけても「水江の浦嶋子を詠む歌」「勝鹿の真間娘子を詠む歌」「G7EDF原処女の墓を見る歌」(巻9)などの伝説歌に本領を発揮している。<参考文献>井村哲夫『憶良と虫麻呂』,金井清一『万葉詩史の論』

(芳賀紀雄)

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世界大百科事典 第2版の解説

たかはしのむしまろ【高橋虫麻呂】

万葉歌人。生没年不詳。作歌活動の時期については,養老年間(717‐724)から天平4年(732)へかけてとする説と,天平4年以降とする説とがあって未詳。長歌14首,短歌19首,旋頭歌1首。作者に異説ある長・短歌各1首。権勢家藤原宇合(うまかい)の知遇を得たらしい。常陸国の官吏としての赴任のほか旅にある歌がほとんどで,その間地方の自然や伝説,民俗行事に触れて秀作をあまた成し,《高橋虫麻呂歌集》(逸書)を編んだ。

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大辞林 第三版の解説

たかはしのむしまろ【高橋虫麻呂】

奈良前期の官人・歌人。藤原宇合うまかいの下僚と思われる。「高橋虫麻呂歌集」があり、伝説に取材した歌が多く万葉集に収められている。一説に「常陸風土記」の撰に関与したといわれる。生没年未詳。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

高橋虫麻呂
たかはしのむしまろ

生没年未詳。奈良時代の下級官人、歌人。「高橋虫麻呂之歌集」(万葉集)という私歌集をもち、そこからの採録歌も含めて『万葉集』に長歌14首、短歌19首、旋頭歌(せどうか)一首、計34首(長歌・短歌各一首を加えて計36首とも)が残る。閲歴・作歌活動の時期など確かでないが、国司の一員として常陸(ひたち)国(茨城県)にいたことがある。その時期を通説では719年(養老3)ごろとみて、国守藤原宇合(うまかい)の属官で『常陸国風土記(ふどき)』編纂(へんさん)にも関与したかとする(10年以上さげて宇合・風土記との関係も別に考える説もある)。作品は「葛飾(かつしか)の真間(まま)の井見れば立ち平(なら)し水汲(く)ましけむ手児名(てこな)し思ほゆ」(巻9)と歌った葛飾真間娘子(おとめ)や水江之浦島子(みずのえのうらのしまこ)など伝説上の人物、筑波(つくば)山の(かがい)など類例の少ない素材を好んで用い叙事的に歌うのが特色で、叙事歌人、伝説歌人などとよばれるが、彼の文学の本質は孤愁の心、疎外者の文学、青年期のあこがれなど種々にいわれている。[遠藤 宏]
『井村哲夫著『憶良と虫麻呂』(1973・桜楓社) ▽五味智英著『万葉集の作家と作品』(1982・岩波書店)』

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世界大百科事典内の高橋虫麻呂の言及

【菟原処女】より

…兵庫県六甲山南麓菟原(うはら)の地(現,芦屋市周辺)に住んでいたという美少女。万葉歌人高橋虫麻呂,田辺福麻呂(さきまろ),大伴家持に歌われ(巻九,十九),後世《大和物語》147段,謡曲《求塚(もとめづか)》,森鷗外の戯曲《生田川》にもなった妻争い伝説の女主人公である。慕い寄る男たちの中でとりわけ執心なのが菟原壮士(うないおとこ)と和泉国の智弩壮士(ちぬおとこ)だった。…

【伝説歌】より

…《万葉集》巻十六の桜児(さくらご)伝説の歌などそれ自体が伝説の一部である歌と,歌人が伝説に触れて発した詠懐の歌との二つのタイプがあるが,両者は区別して考える必要がある。万葉歌人の中でも高橋虫麻呂の伝説詠懐歌4編(水江浦島子(みずのえのうらのしまこ)(浦島太郎),上総末珠名(かみつふさのすえのたまな),勝鹿真間娘子(かつしかのままおとめ)(真間手児名(てこな)),菟原処女(うないおとめ)の伝説。いずれも巻九)は,叙事的な語りのスタイルと作者のロマンティシズムやシニシズムとあいまって出色である。…

※「高橋虫麻呂」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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