18世紀中葉にフランスの重農主義経済学者F.ケネーがくふうした経済循環の図式で,のちにK.マルクスの再生産表式やW.レオンチエフの産業連関表の基となった。表1がその範式formuleで,デュポン・ド・ヌムール編《フィジオクラシー》(1767)に〈経済表の分析〉とともに収められている。いわゆる原表grand tableau(zigzag)は1758年(初版)から59年(第2,3版)へかけてごく少部数印刷されたが,それは,ジグザグ表ともいわれるように,地主階級(国王,貴族,僧侶を含む)の支出する〈かね〉が,他の2階級すなわち生産的階級(農民),不生産的階級(商人・職人)の間を1生産期間=1年間に転々と行き交うありさまを描写したものであった。
範式では,期間内の回転を削り,年間を通じて〈かね〉,または〈もの〉が3階級間を流れる状況をあまねくとらえており,それゆえに経済表の完成形態といわれている(なお,フランスの経済学者V.R.M. ミラボーの《農業哲学》(1763)中には,略表tableau abrégéといわれる,原表から範式に至る過渡的形態の図式がある)。
個々の流れの説明は〈分析〉に述べられているが,これは表2のとおり投入産出表(産業連関表)の形に整理すれば,一目瞭然(りようぜん)となる。この表で〈もの〉は左の部門(階級または産業)から右の部門へと流れている。したがって,〈かね〉は逆に右から左へ流れていることになる。たとえば,表2-aで生産階級から不生産階級へは20億(リーブル)相当の〈もの〉が流れていると読む。そのうち半分はこの産業における原材料として使われ,他の半分はこの階級の食料として用いられることは〈分析〉に記されている。さらに,消費的用途と生産的使用とを区別すると表2-bが得られる。そこで横を行,縦を列とすると,第1,第2行(または第1,第2列)は農業,商工業となり,消費は3階級分を一括して第3列に示される。その第1要素40億は,生産,不生産,地主階級の消費--それぞれ20億,10億,10億の和である。商工業の製品やサービスを消費するのは地主階級だけである(10億)。3階級の人口比は2:1:1と想定されているので,各階級の人口1人あたり消費の水準比は1:1:2となっている。
第3行は付加価値を示す。その合計50億は,今日の用語では国民生産物(または国民所得)に相当する。これに対し,ケネーは農業のみが生産的であるとみなしていたから,そこから地主が収受する地代(20億)を純収入と呼んだ。他の2階級が消費する30億は彼らの生存の維持,あるいは労働力の再生産に必要な費用とみなされていたことになる。しかしながら,第3行の第2要素,つまり商工業の付加価値を10億としないかぎり,縦横のバランスがとれない。いいかえると,商工業または商人・職人の労働は不生産的であり,かつ彼らの提供する製品・サービスへの(地主階級からの)支出を頭から無用とみなすのは,合理的とはいえないのである。このことは範式(表1)上で,生産,不生産階級の年前払い(運転資本)の取扱いを非対称化することで糊塗されている。なお原前払いとは固定資本,その利子とは資本減耗(もしくは減価償却)であるが,農業にのみそれを考え,商工業のそれを明示していないことも,重農主義的バイアスのしからしむるところである。
執筆者:西川 俊作
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フランスの重農主義経済学者であり医者でもあったF・ケネーが、人体の血液循環を模してつくった経済循環表。経済表には各種の版があり、1758年に発表されたものを「原表」、V・R・M・ミラボーの『農業哲学』(1763)に掲載されたものを「略表」、ケネーの論文「経済表の分析」(1766)が1767年にデュポン・ド・ヌムール編『フィジオクラシー』に再録された際に付加されたものを「範式」という。それぞれ基礎表と数種の応用表からなる。
ケネーは経済表のなかで、フランスの階級構成を、地主階級(僧侶(そうりょ)、貴族、土地所有者)、生産階級(借地農民)、不生産階級(商工業者)の3階級に分類した。地主階級は生産階級に土地を貸して地代を受け取り、それで生産階級から食料を、不生産階級から工業生産物を購入する。生産階級は地主階級から土地を借りて地代を払い、農産物を生産して、地主階級に食料を、不生産階級に食料と原材料を供給し、不生産階級から工業生産物を購入する。不生産階級は生産階級から食料と原材料を購入し、工業生産物を生産して地主階級と生産階級に供給する。経済表は、このような三つの階級間における生産物と貨幣の流通と分配の過程を線で示したものである。ここでケネーは、工業生産物は商工業者の生活費と原材料の合計に等しいので、商工業者の活動によっては剰余生産物は生まれないとして、彼らを不生産階級とみなし、農業だけが剰余生産物を生み出すと考え、農民を生産階級とよんだ。そしてその剰余価値を地代として規定した。ケネーはこの経済表で、農業の発展による国富の増進と、地主への単一税の賦課という税制改革との理論的根拠を明らかにしているのである。
のちに、マルクスはケネーの経済表の着想を借りて再生産表式を作成し、さらにW・レオンチェフはこれらを参考にして、より現実的な産業連関表を完成した。マルクスの再生産表式もレオンチェフの産業連関表も一種の経済表といえよう。
[畑中康一]
『越村信三郎著『ケネー「経済表」研究』(1947・東洋経済新報社)』▽『菱山泉著『重農学説と「経済表」の研究』(1962・有信堂)』
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フランスの重農主義者フランソワ・ケネーの著作。1758年刊。財が地主,生産者,非生産者(商工業者)の3階級の間で生産,分配される過程を分析した。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…重農主義は自然法思想に基づき,自由取引を提唱し,農業を重視した。F.ケネーの経済表(1758)は,経済循環に関する最初の理論モデルである。しかし重農主義においては,土地だけが純生産物を生むと考えられ,前貸しとしての資本の概念は確立されていたが,恒常的所得としての利潤の概念は存在しなかった。…
…彼の試みは,その後の経済学を貫く思潮の一つとなり,現代にまで受け継がれている。とりわけ経済表として1枚の図表に経済活動の全貌を集約して表現しようとした彼の着想は,マルクスの再生産表式やレオンチエフの産業連関表として結実し,経済学上有力な分析用具を提供する結果となった。 現代の国民経済の循環構造を具体的にとらえる手法としては,上記の産業連関表のほかに,国民経済計算と資金循環表(マネー・フロー表)があげられる。…
…重農主義の創始者。〈経済表〉(1758)の発表により,後世の経済学に大きな影響を与えた。パリの近郊メレに生まれ,パリで医学を修め,外科医学者としても著名で,この分野の著作も多数にのぼる。…
…18世紀の重農主義者F.ケネーは,農業を中心とする当時の社会が生産階級(農民),地主・支配階級,不生産階級(商工業者)の3階級によって構成されるとみなし,それらの間の取引を分析することによって生産物および所得の社会的循環を解明する《経済表》を著した。全経済体系の活動を諸階級間の相互連関として包括的にとらえるというこの発想は,その後K.マルクスの再生産表式,L.ワルラスの一般均衡理論,W.W.レオンチエフの産業連関分析(〈産業連関表〉の項参照)へと受けつがれていった。…
…これらの政策的主張を前提にし,重農学派とりわけケネーは,資本制的大農経営を基礎とする社会構造を政治算術的方法によって実証的に分析し,それを自然的秩序として描き出そうとした。その経済学体系は,社会の構成を地主階級,生産階級である農業者階級,不生産階級である商工業者階級に三分し,農業だけが剰余価値つまり〈純生産物〉を生みだし,それが地主階級に地代として支払われるという構想のもとに,〈経済表〉(1758)として総括的に示された。
[業績と限界]
こうした分析は,まず第1にアンシャン・レジーム期のフランスの社会構造を対象に,その経済循環を独自な規則的秩序をもったものとして,全体として把握したものである。…
※「経済表」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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