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帯刀貞代 たてわきさだよ

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百科事典マイペディアの解説

帯刀貞代【たてわきさだよ】

婦人運動家,女性史・女性問題研究家。島根県出身。1925年労働運動家織本利(とし)と結婚し(1934年離婚),その影響で婦人運動身を投じる。1929年東京亀戸の東洋モスリン工場の女子労働者を対象に,労働女塾を開いて啓蒙活動をし,翌年の同工場の大争議を支援したが惨敗。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

帯刀貞代 たてわき-さだよ

1904-1990 昭和時代の婦人運動家,女性史研究家。
明治37年6月7日生まれ。大正14年東大新人会の織本侃(あきら)と結婚(昭和9年離婚)。昭和2年全国婦人同盟書記長。労働女塾をひらき,5年東洋モスリン争議を支援。共産青年同盟の活動で入獄。戦後は新日本婦人の会結成にくわわる。平成2年3月31日死去。85歳。島根県出身。松江女子技芸学校卒。著作に「ある遍歴の自叙伝」「日本の婦人」など。

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世界大百科事典 第2版の解説

たてわきさだよ【帯刀貞代】

1904‐90(明治37‐平成2)
婦人運動家,女性史研究家。郷里の島根県で代用教員をした後上京,東大新人会の織本利と結婚し織本姓となる。夫の影響で婦人運動に入り,全国婦人同盟,無産婦人同盟で活躍。1929年亀戸に東洋モスリン亀戸工場の女子労働者を対象に労働女塾を開き,翌年の東洋モスリン争議を支援。その後共産青年同盟活動で入獄した。獄中にあるころからしだいに女性史研究に関心を広げた。34年離婚。戦後は新日本婦人の会に参加。【江刺 昭子】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

帯刀貞代
たてわきさだよ
(1904―1990)

女性解放運動家、日本近代女性史研究家。明治37年6月7日、島根県飯石(いいし)郡掛合(かけや)村(現、雲南(うんなん)市)の小地主の家に生まれる。1920年(大正9)松江市高等家政女学校卒業。代用教員3年ののち上京、カフェー勤めや納豆売りをして勉強し、新人会の会員たちと知り合い、同会員の織本侃(あきら)(1900―1954)と結婚、社会運動に入る。1927年(昭和2)10月全国婦人同盟結成で書記長となり、1929年8月東京・亀戸(かめいど)で紡績女工相手の労働女塾を開設、女工教育に従事し、1930年洋モス争議を支援、1931年共産青年同盟に参加して地下活動中1932年に検挙された。1934年転向して出獄後、女性史研究に入る。1944年再検挙。第二次世界大戦後は、女性問題、女性史の文筆活動に従事し、1962年(昭和37)新日本婦人の会結成以来代表委員をつとめた。代表的著書に『日本労働婦人問題』『日本の婦人』などがある。[犬丸義一]
『帯刀貞代著『ある遍歴の自叙伝』(1980・草土文化) ▽『日本労働婦人問題』(1980・ドメス出版) ▽帯刀貞代著『女性の生き方』(新日本出版社・新日本新書) ▽『日本の婦人――婦人運動の発展をめぐって』(岩波新書)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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