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平岡吟舟 ひらおかぎんしゅう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平岡吟舟
ひらおかぎんしゅう

[生]安政3(1856).江戸
[没]1934.5.6. 東京
東明流および小唄の作詞,作曲家。本名煕 (ひろし) 。車両製造業を営み,実業家として鉄道の建設などに貢献し,野球を日本に紹介するなど多方面に活躍する一方,小唄の作詞,作曲を行い,1902年には邦楽諸流派の長所を取入れて東明節 (東明流) を創始した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平岡吟舟 ひらおか-ぎんしゅう

平岡煕(ひらおか-ひろし)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

平岡吟舟

没年:昭和9.5.6(1934)
生年:安政3(1856)
明治から昭和にかけての実業家,東明節の創始者。本名煕。16歳で渡米,ボストンの機関車製造所で一職工として働き,技術・工程を学び,22歳で帰国して工部省に入る。32歳ではじめた車輛製造工場で巨利を得,平岡大尽といわれた。小唄では「三つの車」「半染」などを作曲。明治35(1902)年に「向島八景」続いて「大磯八景」という中編の曲を作詞作曲,一派をたてて東明節を名乗った。なお,アメリカでおぼえた野球を,帰国後同僚たちに教え,明治11年,日本人としては初めて本格的な野球チーム(新橋クラブ)を組織,15年には野球場を新設,野球の普及に尽力した。<参考文献>高橋義雄『平岡吟舟翁と東明曲』

(竹内道敬)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ひらおかぎんしゅう【平岡吟舟】

1856‐1934(安政3‐昭和9)
実業家で,三味線音楽の東明節(とうめいぶし)の創始者。本名熙(ひろし)。江戸の生れ。1871年(明治4)アメリカに留学して汽車の車両製造技術を学び,77年に帰国。78年に工部省鉄道局に入り,83年,新橋鉄道局汽車課長に就任する。90年ころから独立して平岡鉄工場を経営し,鉄道車両を製造するなど,鉄道工業の先駆者として活躍した。一方,邦楽を愛好した両親と,母方の伯父である一中節の名人都以中(みやこいつちゆう)の影響で,一中節,謡曲,清元など各種の邦楽曲に精通,河東節の山彦秀翁(11世十寸見(ますみ)河東)を後援するなどの趣味人でもあった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

平岡吟舟
ひらおかぎんしゅう
(1856―1934)

三味線音楽東明(とうめい)流の創始者。本名平岡(ひろし)、江児庵吟舟と号す。1871年(明治4)森有礼(ありのり)とともに渡米、鉄道機関車車両製造の技術を学び、77年帰国、87年車両製造の平岡工場を東京・本所錦糸堀(きんしぼり)に創設した鉄道工業の先駆者。実業家として名をはせ、巨利を得たその富を遊芸、趣味道楽に散じたので平岡大尽とよばれた。河東(かとう)節の復興に尽力し、広く邦楽各流を学び、1902、03年(明治35、36)ごろから江戸音曲中気に入った節調をもとにくふうを凝らして新曲をつくり、東明節と名づけ、のち東明流と称した。落ち着いた曲風と品のよいのが特色で、門流の名取名には唄方に舟、三味線方に吟の字を冠する。また小唄(こうた)の作詞、作曲にも長じ、多くの佳作がある。ベースボールの最初の輸入者でもあった。[林喜代弘]
『高橋義雄著『平岡吟舟翁と東明曲』(1934・秋豊園)』

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世界大百科事典内の平岡吟舟の言及

【東明節】より

…三味線音楽の種目名。鉄道工業の先駆者,平岡熙(ひろし)(平岡吟舟)が創始した。彼は1877年アメリカから帰国後,汽車の車両製造をはじめる一方,河東節(かとうぶし)の山彦秀翁(11世十寸見(ますみ)河東)を後援してその復興に力を尽くしたが,謡曲,一中節,清元なども学び,みずからくふうして各種の新作を発表した。…

【野球】より

…73年にはA.ベーツが芝の開拓使仮学校で学生の試合を指導した。77年アメリカ留学から帰国した鉄道技師の平岡吟舟(熙(ひろし))が本場仕込みの野球を紹介,翌78年には外国人技師もまじえたチーム〈新橋俱楽部〉(愛称はアスレチックス)を組織し,ユニフォームをつけて試合を行った。また平岡の知遇のあるスポルディングから各種の用具の寄贈を受け,専用グラウンドもつくって気をはいたが,87年に平岡の退職とともに解散した。…

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