延吉(読み)えんきつ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「延吉」の意味・わかりやすい解説

延吉
えんきつ / イエンチー

中国東北地区、吉林(きつりん)省延辺(えんぺん)朝鮮族自治州にある県級市および旧県名。延吉市の人口は52万4000(2010)で、うち約60%は朝鮮族である。図們江(ともんこう)支流群の盆地にあり、長図線(長春(ちょうしゅん)―図們)および高速鉄道の長吉城際鉄道(長春―吉林)が通じる。19世紀末から20世紀初頭、清(しん)と朝鮮両国間で国境紛争が起こった間島(かんとう)地方の中心地である。間島への朝鮮族の入植が多かったので、清朝は1881年漢民族による開墾を計画して招墾局を設置したため局子街(きょくしがい)ともいう。州政府、延辺大学、師範学院、放送局、新聞社があり、朝鮮語を常用する。機械、木材加工、化学、陶磁器メリヤス製薬などの工場がある。市街近くには、朝鮮戦争時(1952)に建設された軍民共用の延吉朝陽川空港がある。

 旧延吉県は1983年竜井(りゅうせい)県と改称し、1988年市制施行して竜井市となった。国営農場があり、米、大豆、トウモロコシなどを産する。

[浅井辰郎・編集部 2017年7月19日]

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改訂新版 世界大百科事典 「延吉」の意味・わかりやすい解説

延吉 (えんきつ)
Yán jí

中国,吉林省東部,県級市だが延辺朝鮮族自治州の中心都市。人口43万(2000)。長図線(長春~図們)に沿う。そもそも満州族の住地であったが,17世紀末より漢人朝鮮人による移住開墾がなされた。光緒年間(1875-1908)に朝鮮人の増加に対処して清朝は捐税局を設置した。局子街と別称されたゆえんである。のち延吉庁が置かれ,1913年延吉道が成立し,この地方の主要都市となった。ところで,朝鮮人側はこの一帯墾島あるいは間島(かんとう)と称していたが,清・朝間でその領有をめぐって係争が発生し,1909年(宣統1),日本の介入により間島協約が結ばれ,清国領となされた。日本帝国主義の朝鮮植民地化にともない間島地方には多くの朝鮮人が流入し,水田が開発されたが,同時に抗日運動,朝鮮独立運動の基地となった。解放後,52年延辺朝鮮族自治区(現在は州)政府が置かれた。現在は食品加工,紡織,電子,木材加工,化学,窯業農業機械の工業が発達する。延辺大学や医大,農業大学も置かれている。
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百科事典マイペディア 「延吉」の意味・わかりやすい解説

延吉【えんきつ】

中国,吉林省東部,延辺朝鮮族自治州の主都。旧名局子街,またこの付近一帯を間島と呼び,朝鮮人の開拓によって開けた。長図鉄路(長春〜図們)に沿う。農業,鉱業,製材業が盛ん。52万人(2014)。
→関連項目吉林[省]

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