建安文学(読み)けんあんぶんがく(その他表記)Jiàn ān wén xué

改訂新版 世界大百科事典 「建安文学」の意味・わかりやすい解説

建安文学 (けんあんぶんがく)
Jiàn ān wén xué

建安とは中国の後漢最後の皇帝献帝の年号で,196年から220年までの期間であるが,文学史的には,建安から明帝曹叡の太和7年(233)ころまでの文学を〈建安文学〉と呼び,文学史上の黄金期の一つに数える。この時期は,建安文学の代表者曹植(192-232)の生涯にほぼ合致する。後漢帝国は世襲豪族の政治・経済権掌握によって維持されていたが,外戚と宦官の権力闘争によって崩壊におもむき,黄巾の反乱軍閥角逐によって,その命脈を絶たれた。建安年間においても,すでに主権宰相で,後に魏王となった曹操の手に移り,建安19年以降には,北方は曹操(魏),南方は孫権(呉),西南劉備(蜀)の三大軍閥が割拠し,三国鼎立の情勢を形成しつつあった。漢・魏の交代は,世襲豪族から中小地主階層出身の軍閥への政権移行であり,歴史的には古代から中世への移行でもあった。したがって建安期は過渡期の一つであって,文化的には,儒教を中心とする旧価値体系は全面的に再検討された。文学の各分野にわたって大きな変革が行われたのも,また当然の趨勢であった。

 建安文学が革新性に富むについては,まず文学観自体の変革を挙げねばならぬ。文帝曹丕(そうひ)の《典論》論文篇には〈文章は経国の大業にして,不朽の盛事なり〉との,文学に対する高い評価が見える。両漢を通じて,文学は政治や道徳に従属し,作者は倡優に類するとする文学観の大勢であったのとは,大いに異なる。武帝曹操が河南の鄴(ぎよう)に,王粲・劉楨らの〈建安七子〉を中核とする優れた文人を糾合して,建安文壇を創設し,領袖としてみずからも文学活動を行ったのは,建安12年のころからであるが,創設以後の一貫した指導理念の根底には,上述の文学観が存在し,曹丕さらには曹叡へと継承されていった。また《典論》論文篇には,〈奏と議は雅なるべく,書と論は理なるべく,銘と誄(るい)は実を尚(とうと)び,詩と賦は麗ならんとす〉との言葉も見え,文学のジャンル区分と創作理論を述べる。文学理論の飛躍的発展がうかがえる言葉である。

 以上の文学観と文学理論の発展は,以下に述べる建安文学の実績に支えられたものであった。その一,詩形式の確立。漢代に民間歌謡の形式として発達しつつあった五言形式が,対偶や押韻方法に工夫がこらされて,詩および楽府(がふ)の主要形式として定着し,題材も友情,自然,遊宴など多角的な拡大が行われ,第一流の文学としての公認を得た。詩では《文選(もんぜん)》所収の〈公宴〉〈贈答〉〈雑詩〉の諸作,楽府では曹操,曹植の作品に優れたものが多い。また五言以外でも《詩経》以来の四言詩が新しくよみがえり,毎句押韻ながら七言の曹丕の〈燕歌行〉は,七言詩発展の基礎となった。その二,文学の抒情化。これは詩以外にも,辞賦と散文に顕著である。辞賦では漢代の長大で叙事的な賦が,短小化して抒情的性格を著しく濃厚にした。王粲〈登楼賦〉,曹植〈洛神賦〉がその代表である。散文では陳琳(ちんりん)の檄文,曹植の上奏文,曹丕の書簡など,個性的で抒情的色彩が鮮明である。その三,伝統と創造のみごとな結実。建安文学は学問を根底とし,伝統的文学の賦や散文と,民間文学の楽府や説話などをあわせ継承し,新形式を工夫し,文学の個性化を図った。《文心雕竜》時序篇は建安文学を〈其の時の文を観(み)るに,雅(つね)に慷慨(こうがい)を好む。良(まこと)に世々乱離を積み,風衰え俗怨むに由り,並(とも)に志深く筆長(すぐ)る,故に梗概(慷慨)にして気多し〉と概括した。この時期は慷慨の気象が,異常に緊張した文学を生んだというのである。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の建安文学の言及

【詩】より

…彼らの詩は剛健で激情に富むものであったが,初めて個人の署名入りの作品集が生まれるのがまさしくこのころであった。世に〈建安文学〉とよばれるこの時期こそ,詩史上の画期とみなすべきである。〈建安〉の詩人たちに続いて現れたのは,〈竹林の七賢〉の領袖であった阮籍(げんせき)と嵆康(けいこう)である。…

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