曹丕(読み)ソウヒ

デジタル大辞泉 「曹丕」の意味・読み・例文・類語

そう‐ひ〔サウ‐〕【曹丕】

[187~226]中国三国時代の初代皇帝。在位220~226。曹操長子あざな子桓しかん諡号しごう文帝廟号世祖。父を継いで魏王となり、後漢献帝禅譲によって帝位につき、洛陽を都と定め、国号を魏と号した。九品中正法施行。詩文を好み、楽府にすぐれた。著「典論」など。

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精選版 日本国語大辞典 「曹丕」の意味・読み・例文・類語

そう‐ひサウ‥【曹丕】

  1. 中国、三国時代の魏の初代皇帝(在位二二〇‐二二六)。諡(おくりな)は文帝。廟号は世祖。曹操の子。後漢の献帝から位を譲り受け、洛陽に都した。漢の諸制度を改革し、九品中正の法を施行。文人としてもすぐれた。著に「典論」。(一八七‐二二六

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「曹丕」の意味・わかりやすい解説

曹丕
そうひ
(187―226)

中国、三国魏(ぎ)の初代皇帝(在位220~226)。諡(おくりな)は文帝。廟号(びょうごう)は世祖。字(あざな)は子桓。曹操(そうそう)の長子。弟の曹植(そうしょく)を推す派を退けて太子となった。220年、曹操が死ぬと、曹操の官と爵を継いで丞相(じょうしょう)・魏王となった。名臣といわれる陳羣(ちんぐん)の発議により、従来の郷挙里選にかえて九品官人法(きゅうひんかんじんほう)(九品中正(ちゅうせい)法ともいう)を施行し、人材を魏に吸収しようとした。後漢(ごかん)の献帝から禅譲を受けて皇帝に即位し、冀(き)州の鄴(ぎょう)から洛陽(らくよう)に移ってここを国都と定めた。文帝は後漢の失敗にかんがみて、諸王である陳彰、陳植の二弟の党派を退けるなど、宗室諸王に権益を与えず、その有名無実化を計った。孫権が臣属を求めてくると、呉王に封じ、孫権に人質を要求した。孫権が人質を拒み、かつ魏に対抗するために、独立して蜀(しょく)との同盟を再開したため、文帝は広陵に親征したが、失敗して帰還した。文帝は博聞強識、才芸兼備とされ、曹操、曹植とともに詩賦をよくし、『典論』を著述して、文学独自の価値を宣言した。また諸儒に命じて最初の類書とされる『皇覧』を編集させた。

[上田早苗]

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「曹丕」の解説

曹丕(そうひ)
Cao Pi

187~226(在位220~226)

三国の初代皇帝。諡は文帝,廟号は世祖。曹操(そうそう)の長子。父の死後まもなく,漢の献帝の禅譲を受けて即位し,九品中正(きゅうひんちゅうせい)の法を始めた。弟の曹植(そうち)とともに文才があり,『典論』などの評論がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「曹丕」の意味・わかりやすい解説

曹丕 (そうひ)
Cáo Pī

文帝(魏)

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百科事典マイペディア 「曹丕」の意味・わかりやすい解説

曹丕【そうひ】

文帝(魏)

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旺文社世界史事典 三訂版 「曹丕」の解説

曹丕
そうひ

文帝(魏)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「曹丕」の意味・わかりやすい解説

曹丕
そうひ

「文帝[魏]」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の曹丕の言及

【魏】より

…後漢末の動乱期に,曹操が対立する群雄を倒して華北を平定し,213年(建安18),献帝から鄴(ぎよう)(河北省臨漳県)を中心とする魏国公に封ぜられたのが始まりで,3年後に魏王に進められたが,220年のはじめに死ぬ。後をついだ子の曹丕(そうひ)がその年の10月,献帝の禅譲を受けて帝位に昇り,ここに後漢は滅んで,同じく洛陽を首都とする魏国が正式に成立した。曹丕(文帝)の次の明帝曹叡(そうえい)は高句麗を破り,独立していた公孫淵を滅ぼして,支配地域を遼東から北朝鮮に広げたが,やがて249年(嘉平1)以後,実権は司馬懿(しばい)父子の手に握られ,その意のままに天子の廃立が行われる状態になった。…

【建安文学】より

… 建安文学が革新性に富むについては,まず文学観自体の変革を挙げねばならぬ。文帝曹丕(そうひ)の《典論》論文篇には〈文章は経国の大業にして,不朽の盛事なり〉との,文学に対する高い評価が見える。両漢を通じて,文学は政治や道徳に従属し,作者は倡優に類するとする文学観の大勢であったのとは,大いに異なる。…

【中国文学】より

…〈古詩十九首〉は少しく先だち,民謡の歌詞に手を加えて成ったと思われる(古詩)。曹操(魏の武帝)とその子曹丕(そうひ)(魏の文帝)をとりまく宮廷文人の一団を〈建安の七子〉とよぶ(建安文学)。彼らの作品の用語はおもに古典(および漢代の〈賦〉)から取られたが,俗語の要素もあり,民謡から発展したことを示す。…

【文帝】より

…在位220‐226年。姓名は曹丕(そうひ),廟号は世祖。武帝曹操の長子で母は倡家の出身。…

※「曹丕」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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