建築に関する学術の総称,ないし建築技術者教育の軸となる学術の体系。教育制度や文化的伝統の違いから,その範囲の認識には国により幅がある。日本の建築技術者教育は職能を限定しない総合方式であるため,最も包括的内容をもつ。欧米では〈建築家〉をはじめとするさまざまな職能ごとに異なる教程があてられてきた経緯があり,また職能教育の教程をただちにひとつの学術分野として認定するとは限らず,この日本語に相当する呼称は見当たらない。
建築が単なる職人的技能だけではなく,一定の学問的素養を必要とするという考えは,すでに古代にも存在し,ウィトルウィウスの《建築十書》(前30ころ)には,建築家は哲学から法律,歴史,天文学,軍事技術などのさまざまな知識に通じていなければならず,そのうえでオーダーをはじめとするいくつかの建築固有の要件を学ばなければならないと記されている。しかしウィトルウィウスの知識は断片的で,ほとんど理論的体系化はなされておらず,オーダーなどの概念も具体的内容がなく,総じて当時の雑多な建築知識の集成の域を出なかった。それでも,これが建築に関する唯一の古典古代の文献であることから,中世以後の西欧の建築理論に決定的な影響を与えることとなった。
ルネサンスにおける古典様式の復興とともにウィトルウィウス研究が盛んになり,古典建築に関する学殖を得た者が,中世的建築工匠に取って代わり,〈建築家〉としての自立した職能を主張し始める。ウィトルウィウスに見られた多面的性格は,そのままルネサンス期における建築の研究・実践にも反映し,アルベルティに始まりパラディオ,スカモッツィに至る15~16世紀イタリアの建築家を中心に,多彩な活動が展開された。オーダーの概念を実体化すべくそれを円柱の様式と結びつけ,さらに建築全体の比例法則体系にまで高めようとする試み,古代遺跡の考古学的調査とウィトルウィウスの記述の照合,軍事技術と都市計画を統合した理想都市論,透視図法の解明とそれを用いた新しい空間秩序の創出,さまざまな器械の考案などが,すべて建築に関連する課題として取り組まれたのである。これらの成果はやがて全ヨーロッパに普及してゆくが,なかでもとくに重視されたのが,円柱の様式とその比例体系,すなわちオーダーで,ついにはそれが建築教程の中心的位置を占めるようになる。この方向に大きな貢献をしたのはフランスの建築家で,1671年創設の王立建築アカデミーのためにN.F.ブロンデルが準備した《建築教程》は決定的な役割を果たした。ここに初めてオーダーを基本原理とする建築学の体系が整い,ひとつの権威として,貴族・上層市民階級に支えられ,19世紀初めまで保持された。18世紀後半の新古典主義の建築理論家は,より実証的な歴史的見通しに立つ合理的建築観を求め,近代的な建築計画の基礎をも準備したが,ウィトルウィウスとそのオーダーの権威はついに否定することができなかった。
19世紀初めには,すでに西欧諸国では産業革命が進展しており,従前のオーダー中心の建築観では,新しい社会的要求にこたえられず,それらの課題のかなりの部分が新しく出現してきたエンジニアによって担われ,建築の中に芸術と工学技術の二極分解を生じさせ始める。その中で,ゴシック・リバイバルの論客であるイギリスのラスキン,フランスのビオレ・ル・デュクらは,反古典主義の立場を表明するとともに,建築技術における倫理性の追求という新たな課題を提起し,芸術的なるものと工学的技術との再統合を図ろうとした。彼らの論点はW.モリスによって広くデザイン一般の問題にまで敷衍(ふえん)され,さらにそれが20世紀のバウハウスに引き継がれる。この時点でようやく,オーダーはその権威を完全に剝奪され,産業化社会を肯定し機械の美学を主張する近代主義の建築理論に道を譲り渡した。しかし,これによっても必ずしもデザイナーとエンジニアとの間の疎隔が埋められたわけではなく,またデザイン一般という立脚点が,建築技術の独自性を見失わせる危険をももたらしたといえる。ル・コルビュジエらの〈巨匠〉亡き1950年代以降は,建築理論は混迷の状態にあり,建築技術再統合の可能性はラスキン以前よりさらに遠のいた感がある。しかし建築学の今後がどうあれ,建築という対象自体が残る限り,これをめぐる議論はやむことがないであろう。
→建築 →建築家
執筆者:福田 晴虔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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