改訂新版 世界大百科事典 「建築施工」の意味・わかりやすい解説
建築施工 (けんちくせこう)
建築工事building workを実施すること。
設計と施工
建築の生産過程は大きく設計と施工に分割することができる。設計とは設計条件を整理して,発注者の要求している機能,性能を具体的な建築物として表現することであり,設計図書(設計図,仕様書など)を作成しなければならない。施工とは,設計図書に基づいて,建築材料を投入して建築物に変換する過程である。建築施工においては工法が重要な意味をもっており,どのような工法をどのように適用するかが施工の中心課題である。ここで工法とは,所定の性能を有する建築物の一部または全体を実現するための作業手順と使用する生産設備(施工機械,足場など)を意味する。
建設(建築,土木)以外の生産では,一般に設計と製造が同じ組織の中で行われるが,建設生産の場合には施工組織が設計組織から独立しているのが一般的である。建設生産は受注生産が基本であり,入札によって工事費を最小にするためには,設計組織と施工組織が分離しているほうがつごうがよいのである。そのために,反面では設計と施工のコミュニケーションが悪くなりがちで,種々の問題が発生している。本来,施工を行うために設計をしなければならないのであるが,施工を無視した設計のための設計になりやすい。従来の考え方では,施工とは与えられた条件の中で,できるだけよく,早く,安く,安全に,設計図書に忠実に工事を実施することであった。とくに,〈設計図書に忠実に〉ということが重要視されていた。建築生産システムの中で設計の比重が極端に大きく,どんな施工者が施工しても,設計が同じならほぼ同じ建築物ができるという時代ならばとくに問題なかったが,現在では施工者の技術力も高くなってきており,設計と施工は対等の立場として考えるべき時代にきている。建築生産における設計と施工の関係は,音楽における作曲と演奏の関係と類似している。設計図書は楽譜に対応するものである。楽譜に忠実に演奏してもそれだけではよい演奏とはいえない。演奏家としての創造がなければ音楽にはならないのである。作曲家も演奏家もともに音楽家である。ところが,建築生産においては設計者だけが建築家で施工者は建築家とは呼ばれないのが実情である。単に〈設計図書に忠実に〉工事を進めるだけではなく,創造的な行為としての施工のあり方を追求していく必要があろう。
基礎・山止め工事
建築物に負荷されるさまざまな荷重(自重,積載荷重,地震荷重,風荷重など)を地盤に伝達するための構造物を基礎構造物といい,基礎構造物の施工を総称して基礎工事という。地盤が十分な耐力をもっている場合には直接地盤の上に基礎構造物を構築するが,地盤の耐力が不十分な場合には地盤改良を行うか杭を打ってその上に基礎構造物を構築する。基礎工事や地下階工事を行う場合には地盤を掘削しなければならないが,垂直に掘削すると掘削面が崩壊する。そのような状態を山がくるといい,これを防止するための工事を山止め工事という。もっとも一般的な山止め工法は山止め壁(矢板)に負荷される土圧を水平切りばりで支持する水平切りばり工法である。このほかにも種々の工法があるが,いずれにしても山止め工事は不確実な要素の多い危険な工事であり,荷重や部材の変形状態をつねに測定しておき異常の早期発見に努めなければならない。
→基礎
軀体工事
建築物の骨組みとなる構造物を軀体構造物といい,その部分の施工を総称して軀体工事という。軀体構造物としては,木構造,鉄骨構造,鉄筋コンクリート構造が多い。ヨーロッパでは,煉瓦やコンクリートブロックを積み上げる組積造が多いが,日本ではあまり一般的でない。住宅建築では木構造にすることが多い。木材は重量の割に強度が高く,加工,組立てが容易で,あらかじめ所定の加工を行っておき,現場で組み立てる。木構造の場合,その接合部をどのように施工するかがもっとも重要で,十分な耐力があり確実な施工のできる接合方法でなければならない。日本では,古くから多くの伝統的な木造接合方法(継手)があるが,最近では,ボルトその他の接合金物を併用する場合が多い。鉄骨構造は,小住宅から超高層ビルまで種々の建築物に使用することができる。鉄骨構造の場合にも接合方法が重要な意味をもつ。一般的に用いられている接合方法は,溶接接合とボルト接合である。一般に,鉄骨を組み立てるためにはクレーンが必要となる。鉄筋コンクリート構造の場合は鉄筋を所定の形状に組み立て,型枠を組み立ててその中にコンクリートを打設する。また鉄筋コンクリートの部材を工場でつくっておき,現場で組み立てるいわゆるプレハブ工法も普及してきている。そのような工法を採用する場合には,輸送方法を十分に検討しておく必要がある。
仕上・設備工事
仕上工事には,防水工事,左官工事,塗装工事,建具工事,内装工事など種々の工事が含まれる。設備工事にも電気設備,空調設備,給排水設備,エレベーター設備など多くのものがある。作業の種類が非常に多く,多くの職種の作業者がふくそうして作業を進めていかなければならないので,多くの資材をタイミングよく搬入する必要がある。建具や設備機器のように軀体構造物に金物で取り付ける部品に対しては,軀体工事の段階で正しい位置に金物を取り付けるための準備をしておかなければならない。また鉄筋コンクリート造の場合には,仕上げ・設備工事のために,軀体構造物にアンカー金物を埋め込んだり空調ダクトを通すための穴をあけたりしておく必要がある。防水工事,左官工事,塗装工事のように床面や壁面に仕上材料を接着させるような工事では,要求性能を満足させるような材料を用いて施工することが基本であるが,下地の状態を良好にしておくことも重要である。例えば,モルタル仕上げの壁に塗装をする場合,モルタル面が平滑に仕上がっているということが前提となることはいうまでもないが,モルタル面が十分に乾燥してから塗装工程に入らないと,剝落(はくらく),変色などの欠陥を発生させることになる。
施工管理
建築施工にあたっては種々の側面から管理を行っていかなければならない。おもな管理項目としては,品質管理,原価管理,工程管理,安全管理がある。建築物の使用者にとくに関係のあるのは品質管理である。品質管理には,使用材料管理,性能管理,作業管理,寸法精度管理などがあり,施工者が規準,標準をつくり,それに基づいて施工を進める。一般的な標準としては,日本建築学会で作成している標準仕様書や技術指針が広く用いられている。与えられた工期内に確実に工事を完了させるための管理を工程管理といい,工程表を使用する。従来は棒線工程表が一般的であったが,最近はネットワーク工程表が多く用いられている。ネットワーク工程表を用いると,おのおのの作業の余裕時間を計算することが可能であり,精度の高い工程管理ができる。建築工事では重量物の取扱いや高所作業が多く,事故が発生しやすいので,安全管理も重要である。安全管理に関しては労働安全衛生法などの多くの法規で詳細に規定しており,それらに基づいて管理していかなければならない。また,工事に伴って振動,騒音などの公害が発生するので,十分な対策を講じるとともに,近隣住民とも十分に打ち合わせながら工事を進めていかなければならない。
→建設公害 →建築設計
執筆者:松本 信二
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報