コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

弘法山古墳 こうぼうやまこふん

3件 の用語解説(弘法山古墳の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

こうぼうやまこふん【弘法山古墳】

長野県松本市出川町に所在する前方後方墳ほら貝山と俗称される独立丘陵の北端に,北西面して築かれる。全長66m,後方部長41m,前方部幅22mをはかる。1974年に斎藤忠らが発掘し,後方部で竪穴式石室を検出した。石室は古墳の主軸に直交し,内法5.0m×1.3mをはかる。河原石を使った内壁の積み方が乱雑に過ぎ,床面に河原石が散乱するなど,竪穴式石室としては異例に属する。副葬品として,石室床面から中国鏡,ガラス小玉,銅鏃,鉄鏃,剣,槍,斧,鉇(やりがんな)が出土した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

国指定史跡ガイドの解説

こうぼうやまこふん【弘法山古墳】


長野県松本市並柳にある古墳。松本平野東南の弘法山と俗称される丘陵先端に位置する、3世紀末に築造された東日本最古級の前方後方墳である。西日本でいう出現期・発生期の古墳と、ほぼ同時期の前方後方墳と推定されている。墳丘の主軸を丘陵の稜線に合わせて、西に前方部、東に後方部を置き、前方に松本平野を一望できる好位置にある。墳丘の長さは63m、後方部は幅33m、高さ4m、前方部は幅26m、高さ3.5mであり、比較的強い傾斜地に立地するため、後方部はきわめて高くなっている。墳丘上には埴輪(はにわ)円筒列はなく、葺石(ふきいし)が備わっている。後方部の中央には主軸と直交して竪穴(たてあな)式石室を思わせる一種の礫槨(れきかく)が発見され、南北6.6m、東西5.45mで、中央に木棺を収めた竪穴式石室の構造になっている。内部からは被葬者の頭上に当たる位置から鉄斧(てっぷ)が発見されたほか、鏡や銅鏃(どうぞく)、鉄鏃、鉄剣、ガラス小玉などの副葬品も発掘された。立地や墳形、石室構造、副葬品から、現在、長野県で最古の古墳の一つと考えられ、この地域の古墳文化初期の資料としてきわめて重要な古墳である。JR篠ノ井線ほか松本駅から徒歩約15分。

出典|講談社
(C)Kodansha 2013.
この内容は執筆時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

弘法山古墳
こうぼうやまこふん

長野県松本市大字出川(いでがわ)町の中山丘陵先端部にある前方後方墳。1974年(昭和49)に斎藤忠を団長として、松本市教育委員会が調査を行った。墳丘は全長66メートル、高さ7メートルで、埋葬施設は長さ5メートルの河原石積みの竪穴(たてあな)式石室で天井石のない特殊な構造である。副葬品は有銘の半三角縁四獣文鏡1面、鉄剣3口、鉄斧(てっぷ)1個、鉄鏃(てつぞく)24本、銅鏃1本、ガラス玉多数があり、墳頂部の石室直上付近から、祭器として供献された土師器(はじき)多数が出土した。弘法山古墳は、谷を挟んで対峙(たいじ)する中山36号墳とともに、長野県下、最古の古墳とされ、古墳成立を解く鍵(かぎ)といえる。[大塚初重]
『斎藤忠編『弘法山古墳』(1978・松本市教育委員会)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

弘法山古墳の関連キーワード長野県松本市県長野県松本市旭長野県松本市蟻ケ崎長野県松本市板場長野県松本市今井長野県松本市中央長野県松本市中山長野県松本市並柳長野県松本市波田長野県松本市和田

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

弘法山古墳の関連情報