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後藤牧太 ごとう まきた

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

後藤牧太 ごとう-まきた

1853-1930 明治-大正時代の教育者。
嘉永(かえい)6年10月5日生まれ。慶応義塾にまなび,明治10年から東京師範(のち東京高師)でおしえ,のち教授。ヨーロッパ理科教育を視察し,実験を重視。簡易な実験装置を考案し,製作を指導。ローマ字論者でもあった。昭和5年3月25日死去。78歳。三河(愛知県)出身。著作に「簡易器械理化学試験法」「小学校生徒用物理書」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

ごとうまきた【後藤牧太】

1853‐1930(嘉永6‐昭和5)
日本の理科教育の先駆者。三河の医家に生まれ,慶応義塾で学ぶ。母校で教鞭をとった後,1877年東京師範学校の教師,ついで東京高等師範学校教授となった。三宅米吉と《簡易器械理化学試験法》(1885)を書き,やさしい実験器械の作製や紹介に努めた。また4人の共著で《小学校生徒用物理書》(1885)という教科書も作った。イギリススウェーデンへ留学し,物理のほかに手工科教授法開発に力を注ぎ,ながく国定の小学校理科教科書編纂にもあたった。

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大辞林 第三版の解説

ごとうまきた【後藤牧太】

1853~1930) 物理学者。理科教育の先駆者。三河の生まれ。東京高等師範教授。実験教育によって理科教育を改善することに尽力。各種の簡易実験装置を考案したほか、魔鏡の研究にも携わった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

後藤牧太
ごとうまきた
(1853―1930)

明治・大正の理科教育指導者。三河(愛知県)の生まれ。慶応義塾に入り、福沢諭吉の教えを受け、1876年(明治9)東京師範学校(のち東京高等師範学校)の中学師範科の創設に参画、以後、同校の教授となり、1914年(大正3)まで在職、名誉教授となった。理化学教育では実験を重視すべきことを主張し、簡易な実験装置をくふう、指導し『簡易器械理化学試験法』や『小学校生徒用物理書』などを著し、その普及に尽くした。またローマ字運動の熱心な唱導者としても知られている。[菊池俊彦]

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