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志太野坡 しば やば

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美術人名辞典の解説

志太野坡

江戸中期の俳人。越前生。本姓信田、のち志太(志多・志田)、また竹田(武田)と称す。通称は半次郎・弥助・弥亮。別号に野馬・樗子・無名庵野翁等。江戸に出て、越後屋両替店の手代となる。俳諧は初め其角に学び、のち芭蕉に入門する。大坂に移住し、中国・九州地方の俳壇に蕉風を流布させた。蕉門十哲の一人。編著に『炭俵』『許野消息』等。元文5年(1740)歿、78才。

出典|(株)思文閣
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デジタル大辞泉の解説

しだ‐やば【志太野坡】

[1662~1740]江戸中期の俳人。蕉門十哲の一人。越前の人。姓は志田とも。初号、野馬。「炭俵」の撰者の一人。西国を遊歴、大坂高津野に庵を結んだ。句集「野坡吟艸」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

志太野坡 しだ-やば

1662-1740 江戸時代前期-中期の俳人。
寛文2年生まれ。江戸の越後屋両替店につとめる。松尾芭蕉(ばしょう)にまなび,元禄(げんろく)7年(1694)小泉孤屋らと「炭俵」を編集。宝永元年大坂にうつり,中国・九州地方を行脚(あんぎゃ)し,西国におおくの門弟を擁した。編著に「放生日」。元文5年1月3日死去。79歳。越前(えちぜん)(福井県)出身。姓は志田ともかく。別姓に竹田。通称は弥助。別号に野馬,樗子(ちょし),浅生(あさお)庵など。
【格言など】ちからなや膝をかゝへて冬籠り(「枯尾花」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

大辞林 第三版の解説

しだやば【志太野坡】

1662~1740) 江戸中期の俳人。姓は志田とも。越前国福井生まれ。江戸で越後屋両替店の番頭をしたが、のち大坂に移住。芭蕉に入門、「炭俵」の撰にかかわった。著「野坡吟艸」など。

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