性科学(読み)セイカガク(英語表記)sexology

翻訳|sexology

デジタル大辞泉 「性科学」の意味・読み・例文・類語

せい‐かがく〔‐クワガク〕【性科学】

人間の性に関するさまざまな事象問題を、生理学または心理学の面から研究する学問のこと。セクソロジー

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「性科学」の意味・わかりやすい解説

性科学 (せいかがく)
sexology

人間の性行為そのものに関する諸問題を研究する学問。英語ではsexual medicineということもある。性に関する問題を扱う分野には種々のものがある。たとえば男性ホルモンであるアンドロゲンに関する研究すべてを包括するものとしてアンドロロジーandrology,すなわち男性科学というべきものがあるし,女性性器のすべての医学的問題を研究するものとして婦人科学gynecologyがある。また女性の社会学的な諸問題を扱うものとして女性学woman's studyが最近盛んになってきている。このような種々の分野のなかで,性科学は性に関するすべての医学的問題を研究するというよりも,性を性行為そのものに限定して研究しようとするものということができる。

 生物の多くは雌雄の別があり,生殖によって種の永続性が保証される。ところがヨーロッパでは長い間,sexはラテン語のsecare(〈分離する〉の意)の派生語として,単なる性別genderに等しい内容として,種類,クラスタイプなどと類似した男女の別という概念で取り扱われていたにすぎなかった。sexualという現在のような生殖と結びついた概念の成立は,18世紀に入ってからで,C.vonリンネによって導入されたといわれる。現在の〈性〉の概念に含まれる概念や行為を表現する言葉は,それなりに存在したと思われるが,宗教界からの非難に耐えながら,性に関連する言葉が《オックスフォード英語辞典》に採用されたのは次の順序であるという。〈sexual intercourse〉(1799),〈sexual function〉(1803),〈sex organ〉(1828),〈sexual desire〉(1836),〈sexual instinct〉(1861),〈sexual impulse〉(1888),〈sexual act〉(1888),〈sexual immorality〉(1911)。そしてsexualityという言葉ができたのが19世紀初頭とされ,〈性〉が現在のような概念として確立されてきたのも19世紀といわれる。日本でも江戸時代以前には〈性〉は現在の概念ではなく,〈さが〉の意に用いられてきた。〈性〉を現在のように男女の問題を意味するものとして扱われるようになったのは,明治以降のことであった。

 このような歴史的背景のもとで,sexが性行動を中心とする言葉となってきたとき,性科学の基礎ができたといえる。きわめて私的であり,表面に出されることのない性行為を,正確に生理学的な立場で解析したり,統計的調査による総括的な把握を行うには,宗教的・倫理的立場からの反論や個人的な羞恥心の壁を打ち破っていかなければならなかった。また,性の認識の確立とともに,性と生殖の分離という社会文化史的な流れ,いわゆる性の解放・自由化も,性を明るみに出す一つの要因となったといえよう。

 このようにして,性行為についての多面的な医学的・行動科学的研究が行われるようになった。キンゼーAlfred C.Kinsey(1894-1956)はそれぞれ5000人を超える男女に直接面接を行い,1948年に男性の,53年に女性の性行動を統計的にまとめて報告した。この二つの報告は《キンゼー報告》と総称される。ハイトShere D.Hite(1942- )も同様に面接調査を行い,74年に男性の,76年に女性の性意識と性行動について《ハイト・レポート》としてまとめている。一方,マスターズWilliam H.Masters(1915-2001)とジョンソンVirginia J.Johnsonは性行動における男女の性反応を生理的に研究し,《人間の性反応》(いわゆる《マスターズ報告》)を発表した。これらの調査,研究は現代の性科学の基礎となった。

 ところが,これらの研究の展開のなかで,しだいに〈性〉を性行為中心に分析することに疑問が出され,性的能力や性的動機,性的行為を含めて,性行動というより大きな概念としてとらえるようになってきた。最近では研究の裾野はさらに広がり,性の成立から成熟発展,その心理的・精神的影響,社会的位置づけなど,男女の性にまつわるすべての諸問題を対象とした〈性の科学science of sex〉,さらには〈性の研究study of sex〉への道が開かれつつある。人間は男か女のいずれかである以上,男と女のあり方のすべてを総合的に研究するということは,人間の研究そのものであるということができよう。
 →性交
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の性科学の言及

【エリス】より

…性科学(セクソロジー)の創始者として知られるイギリスの医師。ロンドン近郊に船長の長男として生まれ,世界を周遊した後にロンドンに戻って医学を修め,開業医となったが,30歳代で研究,著作に専念する生活に入った。…

【エロティシズム】より

…この傾向のもっとも典型的な例はシュルレアリスム絵画であろう。19世紀の終りから,クラフト・エービングらの医学者によって開拓されていた性科学が,学問としての市民権を得たのも20世紀以後である。大衆社会とか管理社会とか呼ばれる現代の特徴の一つは,エロティシズムの大衆化であり,それは映画やテレビや活字などのあらゆるメディア,広告写真やデザインやファッションなどのあらゆる風俗現象によって,ひろく世界中に流通している。…

【クラフト・エービング】より

…この本はその後改訂を重ね,分類,命名もかなり変化したが,サディズム,マゾヒズム,同性愛,屍姦,快楽殺人,性欲亢進症,性欲欠乏症など,重要な類型のほとんどを記述・命名している。彼は精神鑑定医として各国の裁判所から性犯罪者の鑑定を依頼された多くの臨床経験から,この仕事をなしとげ,性科学の創設者の一人と目されているが,犯罪心理学,司法精神医学の創設者の一人としても高く評価されている。【福島 章】。…

【性】より

… キリスト教による性の抑圧は,西欧社会の性に大きな影響を与えたが,キリスト教の支配がゆるんだルネサンス期には文学,美術に性や肉体の復権をうたったものが現れた。18世紀にはディドロやルソーが性をありのままに認めて科学的考察の対象とすることを主張し,《オナニア》などの通俗性科学書がいくつも現れて人々に正誤さまざまな知識を与えた。19世紀も末になると,クラフト・エービング,ヒルシュフェルト,エリス,S.フロイトらの医学者たちが,性を教会や裁判所の問題から,研究室や治療室の問題に移した。…

※「性科学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

脂質異常症治療薬

血液中の脂質(トリグリセリド、コレステロールなど)濃度が基準値の範囲内にない状態(脂質異常症)に対し用いられる薬剤。スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)、PCSK9阻害薬、MTP阻害薬、レジン(陰...

脂質異常症治療薬の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android