ことわざを知る辞典「情けは人の為ならず」の解説
情けは人の為ならず
[使用例] あのとき俺がこいつに加勢した。俺はそんなことは忘れていたけれどもそれが今日になって俺を助けた。つまりあのとき俺がこいつを助けなんだら俺は今日、面目を施すということはなかった訳で、こういうことを称して、情けは人のためならず、というのであって、なるほど。ええことちゅうのはしとくものやなあ[町田康*告白|2005]
[解説] 「為ならず」は、「為なり」を否定したもので、文字どおりには、情けは人のためではないということになります。しかし、ことわざは、言外に相手のためになることを前提とし、その上で、わが身に返ってくることを示唆するものでした。この発想の根底には、仏教の因果応報の教えがあり、情けをかけるとやがてわが身に返るだけでなく、辛くあたればその報いがあると考えていたのです。
これは、かつては生活のなかでおのずと実感できる表現でしたが、近代になって都市化とコミュニティの崩壊が進行すると、しだいに理解しにくいものとなりました。現代では、語法自体も古めかしくなり、「為ならず」を「為にならない」と誤解し、なまじ人に情けをかけると相手のためにならないと解釈する人のほうが多くなっています。ことわざの誤解の代表例として挙げられる表現ですが、単純に若者がことわざを知らないと嘆くだけではなく、その社会的な背景に目を向けることも必要でしょう。ちなみに、近年の発達心理学では、保育園児を観察して、一人が親切にすると、周りの子どもたちも手伝ったり親しく話しかける言動が増えるとの報告がなされ、新たな視角からのアプローチとして注目されます。
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