慣性座標系(読み)カンセイザヒョウケイ(その他表記)inertial system

デジタル大辞泉 「慣性座標系」の意味・読み・例文・類語

かんせい‐ざひょうけい〔クワンセイザヘウケイ〕【慣性座標系】

慣性系

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「慣性座標系」の意味・わかりやすい解説

慣性座標系 (かんせいざひょうけい)
inertial system

慣性系ともいう。運動の第1法則(慣性の法則),すなわち〈物体に力が働かなければ,初め静止していた物体はいつまでも静止し,運動していた物体はいつまでもその速度を保って等速直線運動を続ける〉が成り立つ座標系。この法則の前半は日常の経験と矛盾しないし,後半も水平な床の上を運動する物体について,できるかぎり摩擦を少なくするくふうをして水平方向には力が働かないようにすれば確かめることができる。したがって,われわれがこのとき用いている地球上に固定した座標系は近似的に慣性系であるということができる。しかしこれが厳密な意味での慣性系でないのは,例えば次のフーコー振子の実験から知ることができる。十分長い糸におもりをつけて鉛直面内で振らせると振子の振動面が北半球では時計の針の進行方向にゆっくり回っていく。慣性系なら鉛直な振動面に対して直角な方向の力は働いていないので,このようなことは起こりえないはずである。実際これは地球の自転のせいで,地球上の座標系がほんとうの慣性系に対して回転していることを示す。現在慣性系と考えられているのは,原点が太陽系の質量の中心にあり,座標軸恒星のつくる天球に対して決まった方向に向いているような座標系である。しかし厳密には恒星も互いに運動しているのだから上のような決め方も近似的なものといわざるをえない。

 一つの慣性系に対して一定の速度で相対運動をしているような系も慣性系の資格をもっている。これらの系を結びつける座標変換ガリレイ変換である。ニュートン運動方程式はどの慣性系でも同じ形をとる。これを運動方程式ガリレイ変換に対して不変であるといい,ガリレイの相対性原理と呼ぶことがある。一方電磁気学の基礎方程式(マクスウェルの方程式)がローレンツ変換に対して不変であることが特殊相対論を導くきっかけになったが,電磁気学での慣性系もやはり互いにローレンツ変換で結びつき,そこでマクスウェルの方程式が成り立つような座標系といってよい。現在ではニュートンの運動方程式もローレンツ変換に対して不変な形に修正されている。しかしここまでの範囲ではとにかく慣性系という特殊な座標系が存在することが仮定されており,しかもこれをどのように定めるかについては前に述べたようなあいまいさが避けられない。考えてみると慣性系の定義は力が働かないとき等速直線運動をする系ということになっているが,力の働いていないことをどうやって知るかというと,等速直線運動の存在から知ることになる。しかしそれなら,例えば人工衛星上で無重力状態にある観測者は,自分の座標系を慣性系と考えるであろう。このような事実の反省からA.アインシュタインにより,どんな運動座標系に対しても同じ形に物理法則を書き表すことができなければならないという相対性原理に基づく一般相対論がつくられることになった。
相対性理論
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「慣性座標系」の意味・わかりやすい解説

慣性座標系
かんせいざひょうけい
inertial frame of reference; inertial system

慣性系,惰性系ともいう。ニュートンの運動方程式 maf ( m は質量,a は加速度,f は力) が成り立つ座標系。慣性系と呼ばれるのは,この系では力が働かないときに速度は変化しないので,物体が慣性をもつとみなせるからである。ある慣性系に対し等速度で並進運動する座標系もまた慣性系であって,互いにガリレイ変換で結ばれる。これらの慣性系同士は力学的に互いに区別できない。これをニュートン力学ではガリレイの相対性原理が成り立つという。慣性系と非慣性系とは力学的な観測によって区別でき,恒星系に固定した座標系は近似的に慣性系であることが知られている。慣性系同士を光学的または電磁気的に互いに区別して特定の絶対的な慣性系を見出そうとの考えから,光や電磁場の媒質として仮定されたエーテルの静止系を絶対慣性系と想定したが,その想定はマイケルソン=モーリーの実験によってくつがえされ,エーテルの存在そのものを否定するアインシュタインの特殊相対性理論が生み出された。この理論では,電磁気学の基礎法則であるマクスウェルの方程式が成り立つ座標系を慣性系と呼ぶ。ニュートン力学と同様に,ある慣性系に対し等速度で並進運動する座標系もまた慣性系であるが,それらは互いにローレンツ変換で結ばれ,互いに光学的または電磁気的に区別されない。これを電磁気学ではアインシュタインの相対性原理が成り立つという。ニュートン力学と電磁気学とで別の相対性原理が成り立ち,慣性系同士を結ぶ変換が違うのであるから,同じ慣性系と呼ばれても両者の慣性系は違ったものであった。しかし,ニュートン力学が高速度で運動する物体については正しくないことが明らかとなって相対論的力学へと修正されたので,力学と電磁気学とは共通の慣性系をもつようになった。慣性系はすべての座標系のなかでは特殊な系であるが,物理法則ではこのような特殊な座標系があるのは望ましくない。そこでアインシュタインは,すべての座標系を完全に同等に扱った一般相対性理論を展開して,慣性系のような特殊な座標系を排除した。

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