翻訳|ether
一価アルコール2分子から水1分子がとれて生じた形の酸素化合物でR-O-R'の一般式で示される化合物の総称。ここでRとR'が等しいときに単一エーテル、異なるときに混成エーテルという。エーテルの名称は、構成する炭化水素基の名称に基づいて命名する。たとえば、C2H5OC2H5はジエチルエーテル、あるいは略してエチルエーテルとよび、また正式にエトキシエタンともいう。また混成エーテルの例としてCH3OC2H5はメチルエチルエーテルあるいはメトキシエタンという。環状のエーテルには酸化エチレン(エチレンオキシド、エポキシエタンともいう)やテトラヒドロフランなどがある。さらに芳香環(ベンゼン環)をもつ芳香族エーテル、たとえばメチルフェニルエーテルCH3OC6H5などもある。
[徳丸克己]
エーテルということばは古くは天空を満たしていると考えられる仮想的な媒質のことであり、さらに物理学では光の波などの伝播(でんぱ)に携わる電磁場の媒体と考えられた。ジエチルエーテルがアルコールと硫酸からつくられたとき、この液体は揮発性がきわめて高く、放置するとたちまちに蒸発して空中に消失してしまうので、この物質のことをエーテルとよんだ。のちに、これと関連のある一群の化合物のことをエーテルと総称するようになった。
脂肪族のエーテルは天然には産出しないが、芳香族エーテルの誘導体には、バニラ豆の中のバニラ、ちょうじ油の中のオイゲノール、アニス油の中のアネトールなどがある。
[徳丸克己]
ジエチルエーテルなど炭素数の比較的少ない単一エーテルのときは、対応するアルコールに濃硫酸を作用させる。
また一般的には、アルコキシドやフェノキシドとハロゲン化アルキルを反応させるウィリアムソンのエーテル合成法によりつくる。
RO-Na++RX―→ROR+Na+X-
RO-Na++R'X→ROR'+Na+X-
[徳丸克己]
一般にアルコールやフェノールに比べて化学的な活性に乏しい。ただし非常に燃えやすい。しかしエーテルは酸素原子上に非共有電子対を有するので、適当な試剤に対しては電子供与体として作用する。たとえば、酸に対してはエーテルのオキソニウム塩を生成する。グリニャール試薬に対してはその溶媒としてそれを安定化させる。また三フッ化ホウ素とはエーテラートとよばれる付加化合物を形成する。
しかし、ハロゲン化水素、たとえばヨウ化水素酸の濃溶液と加熱すると、エーテル結合が開裂する。
R-O-R'+2HI―→RI+R'I+H2O
またエーテル類は酸素に触れていると自動酸化を受けて過酸化物を生成し、生成した過酸化物は一般に爆発性で危険なものが多い。したがって長く放置しておいたエーテル類の取扱いには注意が求められる。
テトラヒドロフランや1,2-ジメトキシエタンC2H5OCH2CH2OC2H5は水と混ざり合う溶媒として有用である。
酸化エチレンは合成化学の中間体として重要であり、グリニャール試薬に作用して炭素鎖を炭素原子2個分延長するのに利用される。
[徳丸克己]
日本薬局方にはエーテルと麻酔用エーテルが収載されている。エーテルは一般溶剤用のもので、麻酔には使えない。麻酔用エーテルには酸化防止用に安定剤が配合されており、さらに開栓後24時間以上経過したものは麻酔に使用できないことになっている。吸入麻酔剤として1960年代初期まで広く使われてきたが、亜酸化窒素やハロタンなどが繁用されるようになって使用が減っている。
[幸保文治]
空間を満たす媒質としてかつて仮想された物質。時代とともに概念内容は変遷し、最終的にはアインシュタインの相対性理論の出現とともに否定された。
もっとも古いエーテル概念は、アリストテレスの第五元素エーテルであろう。彼は地上界(月下の世界)と天上の世界(月より外の世界)を区別し、地上界を構成する四元素に対し、天界を構成する元素をエーテルと名づけた。この考えが青空とか、上層の空気というような意味で引き継がれ、惑星間の空間を埋める媒質という概念の形成とともに、その呼び名としてエーテルの語が用いられるようになった。
エーテルに力学的性質をもつ物質性を与えたのはデカルトである。彼は延長としての物体とその運動とによって世界を解釈し、物理的世界を再構成した。これはいわば連続性にたつ世界像であり、遠隔作用や空虚な空間は否定され、空虚と見えるものも実は力を伝達でき、あるいは他の物理的効果を及ぼしうるのだから、なんらかの媒質によって満たされていなければならなかった。それが目に見えない微粒子のエーテルであり、光の伝播(でんぱ)や、光と色の多様性をもエーテル像で説明した。
デカルトのエーテル理論は、彼の力学が批判されたあとも、少なくとも光学においては大きな影響力をもち、光の理論のなかに生き残った。フックを経てホイヘンスにより光の弾性波動説が展開される過程で、エーテルは光という波動を担う媒質となり、光は恒星からも地球に届くのだから、それは全宇宙に充満する実体的な物質と考えられた。
ところで弾性波の性質は、その媒質の密度とか弾性係数というような力学的性質によって特徴づけられる。それゆえ、光の研究は、ある点ではエーテルという物質の力学的性質を研究することに帰せられる。ところが、この研究は大きな障害にぶつかった。その一つは偏光の問題で、このことから光は横波でなければならないが、空気のような気体中を通過する弾性波は縦波である。横波を与えるためには、固体の場合に出てくる他の弾性係数である剛性率を導入しなければならないが、そのようにしても光の速さの値がきわめて大きいことからすれば、密度は小さく、剛性率は非常に大きくなくてはならない。このことは、媒質エーテルがきわめて固い固体のようなものであることを意味している。ところが、密度は非常に小さいのであるから力学的にはきわめて想定しにくい。またこのように「固い」エーテルの中を諸天体や地球はどのようにして運行しているのであろうか。
第二の問題はエーテルの静止系の問題であった。全宇宙に充満しているエーテルは何に対して静止しているのであろうか。広大な宇宙の中の一惑星にすぎない地球に対して静止し、地球とともに動いているという考えは、天動説を復活させるようなもので、とうていとりがたい。どこかにエーテルの静止系があるとすれば、地球はそれに対し運動しているはずであり、地球の自転・公転を考えれば、地球上での光学現象にその影響が現れそうなものである。しかしそのような事実は検出できなかった。
やがてマクスウェルの電磁気学が成立し、電磁波の存在がヘルツによって実証されると、光は電磁波の一種ということになった。このことをエーテル概念の勝利、つまり場の実体化とみる人もかなりあったが、一部の人たちは電磁波を弾性波と考える必要がなくなったことに注意し、光電磁波の媒質であるエーテルから力学的性質を抹殺した。すなわち、エーテルは非力学的な電磁エーテルに変貌(へんぼう)する。
しかしこのようにしてもエーテル静止系の問題は残る。というのは、電磁気学の成立によって、エーテルの静止系には、新たに「そこで電磁気学の基礎方程式が成り立つ座標系」という性格が付け加えられることになったが、ある座標系でマクスウェル方程式が成り立てば、別の運動している座標系では光速は変化してしまう。力学では無限にありえた慣性系が、電磁気学では唯一の絶対静止系に決まってしまう。エーテルには、この絶対静止系を担うという機能のみが残された。こうして、エーテルに対する地球の運動、すなわち絶対静止系に対する地球の運動を検出することが重大な課題となった。ところがそれを試みた実験の一つであるマイケルソンとモーリーの実験は、明らかに否定的な結果を与えた。この説明のために、たとえばローレンツ収縮なども提案されたが、最終的にはアインシュタインの相対性理論の登場によって解決が与えられた。彼は絶対静止系の存在を、いいかえれば長い間、物理的実体と想定されていたエーテルの存在そのものを否定したのであった。
[藤村 淳]
『E・ホイッテーカー著、霜田光一・近藤都登訳『エーテルと電気の歴史』(1976・講談社)』▽『大野陽朗監修『近代科学の源流 物理学編Ⅱ』(1976・北海道大学図書刊行会)』
炭素-酸素-炭素結合≡C-O-C≡(エーテル結合)を有する有機化合物の総称。狭義にはジエチルエーテルC2H5OC2H5の略称にも用いられる。エーテルの語はギリシア語の,天空にみなぎる霊気を意味するaithērに由来し,古くは光,熱などを伝える媒体として仮想的に考えられた媒質の名称に用いられた。
エーテルは一般式R-O-R′(R,R′はアルキル基またはアリール基)で表される。R=R′のものを対称エーテル(単一エーテル),R≠R′のものを非対称エーテル(混成エーテル)と呼ぶ。また,エーテル結合が環の一部となっているものを環状エーテルという。環状エーテルのうち,ひずみの大きな3員環エーテル(環を構成する原子数が3個のもの)はとくにエポキシドと呼ばれ,他のエーテルとくらべて特異な性質をもっている。R,R′がともにアルキル基のものは脂肪族エーテル,一方あるいは両方がアリール基のものは芳香族(フェノール)エーテルともいわれる。
一般にエーテルは,中性で快香を有する液体が多いが,高級のものには固体のものもある。低級エーテルは,揮発性で,かつ引火点も低いので,しばしば火災の原因となる。水に難溶で,化学的に安定,金属ナトリウムとも反応しない。アルカリに対しても大きな抵抗を有するが,酸,ことにヨウ化水素酸HIでは容易に分解する。
R-O-R′+HI─→R-OH+R′I
エーテル類はこうした特質のために溶剤として広く用いられている。ただし,ひずみの大きなエポキシドは反応性に富み,その反応性ゆえに有機合成の中間体としてさまざまな用途をもっている。なおジエチルエーテルは吸入麻酔薬としても1840年代から用いられていたが,引火性があるため最近の医療現場ではほとんど用いられない。
ジエチルエーテルは,エチルアルコールC2H5OHに濃硫酸を作用させて工業的に製造されている。
2C2H5OH+H2SO4─→C2H5OC2H5+H2O+H2SO4
その他の低級対称エーテルも同様に相当するアルコールから製造することができる。非対称エーテルは,ナトリウムアルコラートRONa(アルコールの水酸基OHの水素をナトリウムで置換したもの)にハロゲン化アルキルR′X(Xはハロゲン元素)を作用させるA.W.ウィリアムソンのエーテル合成法によってつくることができる。
RONa+R′X─→ROR′+NaX
執筆者:中井 武
元来はギリシアの自然学における概念。月より下の世界を構成する原質としての土,水,空気,火に対して,天体の世界を構成する原質が〈アイテルaithēr〉と呼ばれた。つまり,真空を認めないギリシア的自然観にあっては,天体の世界にはアイテル(エーテル)が充満していると考えられた。こうした着想は,コペルニクス,ガリレイ,ケプラーら近代初期の自然学者にまで受け継がれている。デモクリトスに発する原子論の系譜のみが,このエーテルの存在を否定していた。
エーテルが,形而上学的な概念から変化して,物理学的な実体を与えられたのは,ケプラーに始まる近代光学においてであった。とくにホイヘンスが〈光の波動説〉を説くにいたって,波動を支える媒質としてのエーテルという概念が浮かび上がる。例えばホイヘンスの波動説に対してまっこうから反対して〈光の粒子説〉を唱えたと言われるニュートンでさえ,屈折現象に関しては,エーテルに頼っている。他方,ガリレイ以降,運動の相対性は当然のこととして受け入れられつつも,なお,ニュートンの絶対空間の提案にも見られるように,力学において,すべての運動を定義するための〈絶対静止系〉を,宇宙空間そのものの上に重ねて理解しようとする傾向は根強く存在し,光波動の媒体として実体化されたエーテル系(光エーテル系と呼ばれる)を,絶対静止空間とみなす暗黙の了解が生まれた。T.ヤングやフレネルによる光の波動説の再確認(18世紀末から19世紀初頭)によって,この了解は公的なものとなったと言ってよい。
19世紀末近く,地球が光エーテル系に対してもつはずの速度の実際的測定を目指した〈マイケルソン=モーリーの実験〉は,意外にもまったく期待された結果を示さず,結果的には,光エーテル系の存在そのものの疑問ともなったが,H.A.ローレンツ,G.F.フィッツジェラルドらの数学的な提案を経て,アインシュタインの特殊相対性理論の提唱(1905)によって,この問題の解決は得られた。一方,19世紀後半,電磁現象の統一的解釈として提案されたJ.C.マクスウェルの電磁方程式は,新たな空間像としての〈場〉の概念の数学的な確立を告げるものであり,量子力学も今日その延長上に展開され,素粒子もまた,そうした空間(場)としての定義を受けるに及んでいる。これは古典的エーテル概念の新たな実体化とも見ることができる。
→場
執筆者:村上 陽一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
【Ⅰ】ジエチルエーテルの略称.溶媒などとしてもっとも広く用いられる.[CAS 60-29-7]【Ⅱ】酸素原子に2個の炭化水素基R,R′が結合した有機化合物R-O-R′の総称.R = R′のものを単一エーテル,R≠R′のものを混成エーテルという.R,R′の種類により脂肪族エーテル,芳香族エーテルともよばれる.慣用名では炭化水素基名にエーテルをつけて,単一エーテルはメチルエーテル,エチルエーテルなど,混成エーテルはエチルメチルエーテル,メチルフェニルエーテルなどとよばれる.エーテル中のC-O-C結合はエーテル結合という.環内にエーテル結合をもつ複素環式化合物を環式エーテルとよぶこともある.IUPAC命名法では,RO-原子団を“アルコキシ”とよび,エーテルはその誘導体とみなし,“エチルメチルエーテル”のかわりに“メトキシエタン”と命名する.フェノールエーテルは植物界に広く存在し,香料として利用されるものが多い.低位の脂肪族エーテルはアルコールに濃硫酸を作用させてつくる.とくにフェニルエーテル類は,フェノキシドにハロゲン化アルキルや硫酸メチルを作用させるか(ウィリアムソンのエーテル合成),あるいはフェノールとジアゾメタンから合成される.エーテルは,一般に中性の快香のある揮発性液体である.水に難溶,有機溶媒に易溶.化学的には安定で,金属ナトリウムも反応しないが,ヨウ化水素,五塩化リンなどで分解して,アルコールやハロゲン化物を生成する.
ROAr + HI → ArOH + RI
ROR′ + PCl5 → RCl + R′Cl + POCl3
エーテルは,ハロゲン化水素,フッ化ホウ素,グリニャール試薬などと分子化合物をつくる.例:R2O・HX,R2O・BF3,R2O・R′MgI.[別用語参照]クラウンエーテル,ポリエーテル
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…炭素‐酸素‐炭素結合≡C-O-C≡(エーテル結合)を有する有機化合物の総称。狭義にはジエチルエーテルC2H5OC2H5の略称にも用いられる。エーテルの語はギリシア語の,天空にみなぎる霊気を意味するaithērに由来し,古くは光,熱などを伝える媒体として仮想的に考えられた媒質の名称に用いられた。
[分類]
エーテルは一般式R-O-R′(R,R′はアルキル基またはアリール基)で表される。R=R′のものを対称エーテル(単一エーテル),R≠R′のものを非対称エーテル(混成エーテル)とよぶ。…
…すなわち(1)~(3)式はガリレイ変換に対して不変である。一方電磁気学の場の概念の確立に伴い,場の担い手つまり媒質としてエーテルの存在が当然のこととして信じられるようになった。このエーテルは,恒星に対して固定した座標系で静止しており,物体がその中を運動してもそれにひきずられることなく,光はその中をc=2.99×108m/sの速度で伝わるとして多くの事実が説明できることがわかった。…
…サンスクリットのアーカーシャākāśaの漢訳で,一般に大空,空間,間隙などを意味するが,古来インド哲学では万物が存在する空間,あるいは世界を構成する要素,実体として重要な概念の一つである。地・水・火・風の〈四大〉に虚空を加えて五元素ともいわれ,これに五感(香・味・色・触・声)を関連づけるサーンキヤ学派やバイシェーシカ学派の思想のもとでは虚空が聴覚と結びつき,音声は虚空の属性とされた(西洋哲学の〈エーテル〉の概念に相当)。仏教では〈六界〉の一つ(空界)とする一方,実在論的な部派では不生不滅の常住な存在(無為法)に高めた。…
…これらコカインおよびコカイン代用薬が狭義の局所麻酔薬であり,真性局所麻酔薬とも呼ばれるが,次のようなものも広義には局所麻酔薬に含まれる。すなわち,(1)エーテル,クロロホルムなど本来は全身麻酔薬であるが局所麻酔作用を有するもの,(2)疼痛性麻酔薬 石炭酸(フェノール),メントール,キニーネなど局所に投与すると,初めは知覚神経刺激による疼痛を生ずるが,後に麻痺を起こすもの,(3)寒冷麻酔薬 沸点の低いエーテル,クロロホルム,クロルメチルなど気化熱を奪うことによって局部凍結をきたし知覚を鈍化させるもの,などである。麻酔【福田 英臣】。…
※「エーテル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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