自国への攻撃に反撃する権利が個別的自衛権。密接な関係にある国が武力攻撃を受けた場合、自国が直接攻撃されていなくても、自国への攻撃と見なして実力で阻止する権利が集団的自衛権。政府は従来、憲法9条の下では自衛措置は必要最小限度の範囲にとどまるべきで、集団的自衛権は許されないとしてきたが、安倍政権は2014年7月の閣議決定で憲法解釈を変更した。
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一国が外国からの不法な武力攻撃から自国の法益を守るために,緊急やむをえない場合,それを排撃する行為を自衛といい,それが必要の限度を越えないかぎり,国際法上合法なものとみなされる。これを自衛権という。
自衛権が国際法上の概念として提起されたのは,第1次大戦以後のことであり,それ以前には特定の武力行使を〈自衛〉と定め,それを合法化する必要はなかった。中世から近世初頭の正戦論の時期には,正当原因のある戦争は合法であったし,また18世紀半ば以降の無差別戦争観の時期には,主権国家が国際法の手続に従って戦争を行うかぎり,それは一般に自己保存権と呼ばれ,合法とみなされたからである。上位の権力装置をもたない国際社会の構造が許容していた戦争などの自力救済が,原則的に禁止されるに至ってはじめて,自衛権の観念が国家の自己保存の観念から抽出され,実定国際法上の基本権として確立されるのである。第1次大戦後,国際連盟規約や不戦条約において戦争が制限され違法化されるのにともない,自衛権の法意識が連盟諸国のあいだで共有され,自国の意思だけに基づき武力を合法的に行使できる唯一の根拠として重要視されるに至った。しかし,そのためにしばしば予防戦争や過剰防衛のいわば自衛行為が拡大する傾向をもたらした。このため第2次大戦後の国連憲章51条で個別的自衛権として継承されたこの権利の発動には,厳しい要件が定められた。しかし,この要件を一般的に客観化するのはむずかしい。
1983年9月レバノン沿岸のアメリカ地中海艦隊のフリゲート艦は,レバノンの反政府イスラム教徒ドルーズ派の拠点を砲撃した。アメリカ政府はこれを,国際監視軍として駐留するアメリカ海兵隊を守るための自衛措置であると声明したが,これは武力復仇(復仇)と自衛権との混同と思われる。また植民地解放戦争において,従属人民の武力行使の権利の合法性を民族自決権の行使にもとめる見解があり,従来の自衛権概念を動揺させている。
執筆者:高柳 先男
自国が直接攻撃を受けなくとも他国への攻撃を自国も攻撃を受けたものとみなして反撃することのできることを集団的自衛権という。これが新たに国連憲章51条に挿入された理由は,同じく国連憲章がその8章で認める地域的取極(とりきめ)の当事国間の相互援助義務の発動が安全保障理事会の許可を必要とするため,同理事会での大国の拒否権行使の結果その許可がえられない場合にも,集団的自衛権を援用して外部からの武力攻撃に対する相互援助を可能にするためであった。したがって集団的自衛権は他国防衛の権利という性格をもつとはいえ,攻撃を受けた国とのなんらかの関係をもっているという前提もなしに単なる他国援助のための軍事行動をこれで正当化することはできず,その発動のためには国家間に地域的紐帯のような一定の連帯関係がなければならない。しかし1947年の米州相互援助条約,49年の北大西洋条約,55年のワルシャワ条約等,戦後締結された多くの相互援助条約は,かかる連帯関係が必ずしも見いだされない条約当事国間にもこの集団的自衛権を相互援助義務発動の法的根拠として規定した。
個別的か集団的かを問わず自衛権発動の要件は,厳格に解されなければならない。それは,武力行使の禁止された今日にあって,自衛措置は例外的に許容されるものであり,また,その濫用は許されないからである。従来他国による現実の攻撃の場合のみならず攻撃の急迫な危険のあるときも自衛権発動は認められる傾向にあったが,国連憲章51条はその発動を〈武力攻撃が発生した場合〉に限定している。もっともここでも外国からの武力攻撃の脅威がある場合の先制的自衛を排除するものではないとみる見解がある。しかし不戦条約締結の際のアメリカの自衛権留保の通牒でも,自衛権は,攻撃や侵入から自国領域を守るという表現で,外国の現実の武力攻撃の場合に行使される権利を意味するものとして使われていた。1931年満州事変に際し日本は南満州での自国権益に対する侵害を理由に自衛権の行使として正当化を図ったが,アメリカはこれを認めず不戦条約違反とみなして日本を非難し,スティムソンの不承認政策の対象とした。国際連盟総会もこの事件に関するリットン報告書を承認して,日本の行動を自衛として正当化しえないという意思を表明した。したがって51条は,国連憲章起草当時すでに存在していた,自衛権は武力攻撃に対してのみ認められるという法意識を明文化したものとみられるから,差し迫った脅威を理由とする先制的攻撃は自衛権の行使として許されないものとみなさなければならない。もっとも〈武力攻撃が発生した場合〉とは,現に攻撃が行われる場合だけでなく,攻撃の意図をもって外国のミサイル,航空機,艦隊等が自国に近づく場合のような,攻撃の目的をもった軍事行動が開始された場合をも含むものとみなければならないであろう。
つぎに,自衛権の発動は,他の措置をとることができない緊急やむをえない場合でしかも攻撃の除去に必要な限度内に限られるのであり,その際の自衛行動の程度は相手の攻撃の程度と均衡を失するほど大規模なものであってはならない。この均衡性を超えた反撃は過剰防衛とみなされ,違法な行動とされる。それゆえ,たとえば相手国の通常兵器による武力攻撃に対して,それとは質的に異なる大量破壊をもたらす核兵器を自衛のためと称して使用することは,核兵器の使用そのものの合法・違法の問題は別として,一般に過剰防衛とみなされるであろう。しかしアメリカなど西側の核兵器保有国は,北大西洋条約加盟国が相手の通常兵器により侵害を受けた場合,同条約の規定する集団的自衛権の名のもとに核兵器の先制使用によって反撃する核戦略を展開してきたことに注目しなければならない。
さらに,自衛権に対する規制として,51条は〈この自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置は,ただちに安全保障理事会に報告しなければならない〉とし,自衛権の行使は〈安全保障理事会が国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでの間〉認められると定めている。従来の自衛権ではそれを行使する国自身が自衛措置終了の時期を判断せざるをえなかったのであるから,この規定は自衛権に対する規制をより厳格にしたものである。かくして,武力攻撃を行った国に対して安全保障理事会が強制措置の発動を実施する場合には,自衛の措置は停止されなければならない。また安全保障理事会が軍事行動の停止を交戦国双方に要請し,これに応じて武力攻撃を加えた国が攻撃をやめたときも,同様である。安全保障理事会において拒否権行使の結果その機能が麻痺したとき,総会が〈平和のための結集決議〉(1950)に基づき国際の平和と安全の維持に必要な措置をとる場合も,自衛権による措置は停止されなければならない。
このような国際法上の自衛権を当然有する国家も,それをいかなる手段で行使するかまたは行使しないかについては,その国の憲法の規定に従って決めなければならない。日本国憲法の戦争放棄に関する9条は,この点をも定めていると考えられる。
→安全保障 →戦争の放棄
執筆者:藤田 久一
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外国によって、自国の権利や利益が違法に侵害されたとき、国家がこれを防衛するために必要な措置をとる権利。国内刑法が正当防衛を違法性阻却事由とするのと対応して、もともと国際法では平時法上の権利として確立した。すなわち、外国による侵害に対して、これを防衛する緊急やむをえない必要があり、かつ侵害の程度と均衡を失しない限り、防衛のための措置は、本来、国際法上違法なものであっても、その違法性が阻却されるものとされた。その例としてはカロライン号事件が有名である。1837年イギリス領カナダの反徒を乗せたアメリカ船カロライン号をイギリス軍隊がアメリカ領で急襲した事件で、イギリスがこれを「自衛および自己保存」の必要に基づく行為として正当化したのに対し、アメリカは、武力行使が自衛のものと認められるためには、必要性と緊急性の証明を要するのみならず、その手段も必要な限度内のものでなければならないと述べた。
このように自衛権が必要な限度内で認められるとされてきたのは、戦争そのものが自由とされた古典的国際法を背景としてであった。力の無限界的行使たる戦争が自由である以上、自衛権は戦争状態に至らぬ平時法上の関係でのみ意味をもつ概念であった。しかし、第一次世界大戦後、戦争そのものが国際法上で違法とされるようになると、自衛権はむしろ、戦争または武力行使の違法性の阻却される事由として重要な概念となる。たとえば、1928年の不戦条約で戦争が一般に禁止されたときも、自衛権の行使は戦争禁止のなかに含まれないことが各国によって了解された。
国際連合憲章は第51条で「武力攻撃が発生した場合に」「個別的又は集団的自衛の固有の権利を」認めるとしている。もっとも、それは「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」に限られ、また、「自衛権の行使に当つて加盟国がとつた措置は、直ちに安全保障理事会に報告」すべきものとされている。この定式は、たとえば日米安全保障条約(前文・第5条)など多くの条約のなかに採用され、いわば普遍的に諸国によって受け入れられているといってよい。学説のなかには、武力攻撃が発生した場合に限らず、武力攻撃の差し迫った段階で先制攻撃を行うことも、また外国領域内の自国民の生命・財産に対する組織的兵力によらない侵害に対して自衛権を行使することも認められるとするものもないではない。しかし戦争や武力行使の禁止に対する例外は厳格に解釈すべきもので、このように憲章の文言を離れた解釈をとることは適当でない。
日本国憲法第9条は戦争放棄を定めるが、自衛権についてはまったく触れられていない。自衛権は放棄されていないとみるのが、政府および多数の学説の解釈である。もっとも、自衛権を実効的に行使する手段として軍事力を保有することが憲法上許されるかどうかは別の問題である。政府は自衛権に基づく戦争や武力行使は違憲でないという解釈をとり、そのために必要最小限の軍事力を保有することも差し支えないとしているが、多数の学説はむしろこれに反対している。
[石本泰雄]
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…ここでいう〈戦争〉の意味は,法上の戦争のみならず,戦意の表明を伴わない事実上のde facto戦争を含むものとみなければならない。しかし,不戦条約の下でも,連盟の制裁として行われる戦争,自衛権に基づく戦争は許されるものとみなされた。この条約の成立により,戦争は現代国際法上もはや法的観念ではなくなり,社会的事実を示すにすぎなくなったとさえいえる。…
…連盟規約は,締約国の〈戦争ニ訴ヘサルノ義務〉の上にさまざまの戦争の制限に関する手続を定めたが,しかし戦争に訴えることがまったく否定されたわけではなく,また規約に違反して戦争を行う加盟国に対して有効な制裁手段を欠いていた。連盟の外において締結された不戦条約は,締約国が〈国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコト〉を宣言するとともに,〈一切ノ紛争又ハ紛議ハ,其ノ性質又ハ起因ノ如何ヲ問ハズ,平和的手段ニ依ル〉処理または解決のみを求めることを約束したものであり,戦争の違法化・制限の方向へとさらに前進したものではあるが,しかし締約国が非締約国に対して行う戦争や不戦条約違反の締約国に対する制裁戦争の合法性を認め,またアメリカ政府の公文にみられるように自衛権による戦争が留保されるという大きな限界があった。さらに,正式の戦争の形態をとらない武力の行使(満州事変などの事実上の戦争)は認められると解釈される余地もあったために,自衛権の行使を名目とした戦争や武力行使を抑止しえなかったといえる。…
…これに対し占領軍司令官マッカーサーに支持された吉田茂首相らは大規模な再軍備を不適当と主張し,アメリカ軍の駐留を求めた。朝鮮戦争(1950‐53)の経験からアメリカ側は日本側の要望をいれることが得策であるとし,2月6日の事務レベル会談における提案で,平和条約に日本が個別的・集団的自衛権をもち,集団的安全保障取極(とりきめ)を締結できることを規定し,これをもとに,日米間にアメリカ軍の駐兵によって日本の安全保障に協力する主旨の簡潔な取極(協定,条約など)を結び,在日アメリカ軍の地位,特権などは行政協定に譲るという方式を示した。7月30日に提示されたアメリカ案でいわゆる〈極東条項〉が追加され,日本に駐留するアメリカ軍を〈極東における国際の平和と安全の維持〉および〈外部からの武力攻撃に対する日本の安全に寄与するために〉使用することができるとされ,事務的折衝を経て8月18日に日米間の意見が妥結,20日に案文(英文)が作成された。…
※「自衛権」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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