環境を保全するために,公害発生源での汚染物質の排出を規制する基準。合理的なありかたの一つには次のようなものがある。すなわち,まず,大気や水,土壌の汚染,騒音や振動などの環境汚染と影響とに関する判定条件(クライテリア)を策定し,判定条件から長期的な目標としての環境目標基準を設定する。これに対応して,汚染物質の各排出源にかかわる排出目標基準および立地規制基準が設定される。次に,汚染の深刻さ,防止技術の進展や経済の発展状況を政策的に考慮して,短期的な規制値としての環境規制基準が設けられ,これに対応して排出規制基準が定められる。環境規制基準は,環境目標基準に到達するよう,できるだけすみやかにかつ段階的に改定される。そして各汚染源者は,立地規制基準と排出規制基準に関してのみ法的拘束を受けるというものである。ただし,判定条件は科学的知見に基づくため国際的な合意が得られやすいが,その他の基準は各国の法制度などによって性格が異なり,また環境基準と排出基準とをむすびつける科学的知見が不十分なために,国際的な合意が得られていない。
日本の排出基準は,環境基本法に基づく各種の環境基準を達成し維持するために,大気汚染防止法,水質汚濁防止法などによって定められている。土壌汚染は農畜産物の生産に関してのみ規制法がある。放射性物質による汚染は〈核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律〉と〈放射性同位元素等による放射性障害の防止に関する法律〉によって規制されている。
大気汚染に関しては,硫黄酸化物(ただしSO2として),ばい塵,有害物質(窒素酸化物,カドミウム,塩素,フッ化水素,鉛など)および特定有害物質に分けて排出基準が定められている(ただし特定有害物質は現在はなにも定められていない)。ほかに硫化水素,塩化水素,アンモニアなど28種類の特定物質が,発生施設の故障,破損などの事故時に取締り対象となる。この排出基準に加えて,環境庁長官は発生源密集地域について,特別排出基準をきめることができ,また都道府県は,国の排出基準が不十分なとき,それよりきびしい上乗せ排出基準をきめることができる。自動車排出ガスと悪臭は別に規制されている。日本では1968年以来,硫黄酸化物を中心に排出基準による大気汚染規制が行われたが,環境基準はあまりにゆるすぎ,また排出基準もK値規制とよばれる施設ごとに適用されるものであり,高い煙突をもつ大発生源者に対しよりゆるやかであった。72年の四日市公害判決を契機に硫黄酸化物の環境基準が改正されたが,従来の排出基準方式では環境基準の達成が不可能なため,74年から総量規制方式が導入された。これは地域を定めてその地域で排出される物質の総量を規制しようというもので,まずSO2に対して総量規制が実施された結果,排煙脱硫や燃料の低硫黄化がすすみ,現在ではほとんどの地域でSO2の環境基準が達成されている。窒素酸化物の総量規制も81年から神奈川,大阪,東京で実施されている。
工場や事業所からでる排水のうち,家庭排水と同じように下水道に流入するものは,下水道法で規制される。直接に河川や海,湖などの公共用水域に排出される工場排水は,水質汚濁防止法に基づく排出基準(この場合は排水基準という)によって,水銀やカドミウムなど人の健康に被害を生ずるおそれのある有害物質(有害項目)と,BOD(生物化学的酸素要求量)などの生活環境項目についてその水質が規制されている。有害項目はその排水水量にかかわらず規制され,一方,生活環境項目は日量50t以上について規制を受ける。また大気汚染の場合と同じく,都道府県は上乗せ排水基準をきめることができる。しかし排水基準は汚染物質の濃度を規制する濃度規制であるため,希釈すれば大量の有害物質排出が可能であり,問題が多い。下水道に排出される工場排水は,公共用水域に排出されるときと同じ排水基準をまもらなければならないが,現在の下水処理に採用されている活性汚泥法は大量の有機汚泥をだし,そのなかに重金属などの有害物質が混入するため汚泥処理にも問題が残っている。
→自動車排出ガス規制
執筆者:塚谷 恒雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
工場などの事業所や自動車などから排出される汚染物質の許容量.大気汚染防止法,水質汚濁防止法などにより基準値が定められている.大気汚染防止法では,粉じん,ばいじんから硫黄酸化物,窒素酸化物などが,水質汚濁防止法ではカドミウム,鉛,水銀,シアンなどの基準値が制定されている.この基準値には,地域の実情に応じて,より厳しい基準を設定することができる上乗せ基準や,規制項目を追加する横出し基準の設定権限が都道府県知事に与えられている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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