もともと中国語で、挙例の「漢訳新約聖書」や白話小説等に見られる。それを借用して蘭語 kús の訳語として用いたのは、「道訳法児馬(ドゥーフハルマ)」(一八一五)が最初と思われる。明治に入ると、英語 kiss の訳語として定着し、明治二十年代には、翻訳物だけでなく創作にも用いられるようになった。
唇を他人の身体のある部分または物に接触させ、尊敬、親愛、愛情などを表現する行為。起源については、容器のない時代に母親が幼児に水を口移しに与えたことからとか、母性愛の発露からとか、あるいは性的衝動で行う愛咬(あいこう)から、というような諸説がある。ともかく自分の愛情、親愛、尊敬などを表現する一方、接触の感度のよい唇で相手を感覚的に感じとろうとする欲求から生じたものといえよう。
接吻は、人の面前で挨拶(あいさつ)や儀礼として行うものと、密室的な性愛表現のものとの二つに大別できる。後者の接吻は、人類の普遍的行為で、いうまでもなく夫婦や恋人間で交わされるもの。前者と違って舌や歯を併用する場合もある。これを日本では昔「口吸い」とよび、二つの口のある「呂」の字を隠語的に用い、性愛の秘戯としていた。「くちづけ」なる語が、接吻の意に使われだしたのは明治になってからで、それ以前はまったく性愛と無関係の「口癖」の意味であった。
前者の挨拶や儀礼的なものには、近東から古代ローマに伝わった手や足への接吻がある。これは尊敬と服従の表示で、11世紀の教皇グレゴリウス7世のころ、王や司祭などには手に、教皇だけには足に接吻する取決めができた。足への接吻は最大の表示であった。また接吻は仲直りの儀礼ともなり、原始カトリック教会では「平和の接吻」、中世以来の「和解の接吻」などの名称も生まれた。ヨーロッパでは中世封建領主が、臣下の表彰にとくに唇の上に接吻を与えた。臣下は領主不在のとき、忠誠心を示すため領主邸の戸の扉や閂(かんぬき)に接吻した。
現代欧米社会では、家族間で朝起きたときや夜寝るとき、親しい者たちが会ったり別れたりするとき、頬(ほお)や額に接吻する。男性は、婦人の手に儀礼として接吻する。こうした欧米人に比べ、東洋人には、挨拶や儀礼の接吻の習慣がほとんどない。
[深作光貞]
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…相手のからだに唇で触れて愛情や敬意を示す行為。接吻,口づけともいう。性交渉の一部として相手を愛撫するためにする性愛のキスと,情愛や尊敬を表す挨拶のキスとに分けられる。…
…次いでアナトール・フランスの同名の小説(1903)を映画化した《クランクビーユ》(1922)が,ドイツの表現主義映画と30年代のフランス映画の〈詩的リアリズム〉の橋渡しとなった作品として評価され,アメリカでも〈映画芸術の父〉といわれたD.W.グリフィス監督に激賞された。その後,アルプス山ろくの寒村を背景に少年と継母の心理的交渉を描いた《雪崩》(1923),写真屋に飾られた写真の女をもとめてさまようというジュール・ロマンのオリジナルシナリオによる〈ユナニミスム文学〉のロマンティックな映画化《面影》(1924),エミール・ゾラ原作の《テレーズ・ラカン》(1928)などをつくり,28年にはフランス国籍をとったが,ロベール・ド・フレールとフランシス・ド・クロアッセの喜劇をもとにした風刺映画《成上りの紳士たち》(1928)が議会と閣僚の威厳を非難するものとして公開禁止になり(1929年になって解除された),失意のうちにハリウッドへ渡り,グレタ・ガルボの最後のサイレント映画《接吻》(1929)を撮るとともに,ガルボ映画《アンナ・クリティ》のドイツ語版(1930)などをつくるが,ハリウッドになじめず31年に帰国した。 同じベルギー出身の脚本家シャルル・スパーク(1903‐75)との共同脚本と夫人のロゼー主演の《外人部隊》(1934),《ミモザ館》《女だけの都》(1935)は1930年代フランス映画の代表作であるにとどまらず,世界映画史を飾る作品に数えられているが,《女だけの都》はナチの侵入後ゲッベルスによって公開を禁止され,フェデルは戦争の間スイスへ避難することを余儀なくされた。…
※「接吻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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