救荒食物(読み)きゅうこうしょくもつ

改訂新版 世界大百科事典 「救荒食物」の意味・わかりやすい解説

救荒食物 (きゅうこうしょくもつ)

凶作や災害を想定して備蓄する食料のこと。庶民が自主的に備蓄する場合と支配者が制度的に蓄えさせる場合とがある。一般に凶作や飢饉は稲という単一作物を絶対的経済基盤とした社会に起き,非水田地帯,とくに定畑や焼畑地帯には起きにくい。そのことは歴史に記録されている凶作や飢饉が東日本に印象づけられることと関係し,水田稲作農耕を軸に考えれば,十分にうなずくことができよう。また,日本のかつての焼畑地帯を調査して確認できることは,サト(水田地帯)に飢饉はあってもヤマ(焼畑地帯)には飢饉はないということである。このことは,焼畑が複数の作物を同時に栽培していることと,自然現象の影響を受けにくいことを示している。救荒食物の成立する事情は以上のようであるが,その救荒食物なるものは,為政者の側から見れば米以外のものが多く,庶民にとってはむしろ日常的な食べ物であった。したがって,救荒食物は米以外のすべての食料に及んでいたということになり,とくに畑作物がその中心であった。

 救荒食物として用意されたものは,もっとも上等が米であり,これは江戸時代にあっても郷倉(ごうぐら)のような形で制度的に強制して蓄えさせた。しかし庶民の自主的な次元では,米以外のアワ,ヒエ,ムギ,ソバキビ,干したダイコンの葉,海藻の類であって,土中に育つ根菜類はそのままで救荒食物となった。このように制度としてみるのと,民俗としてみるのとでは,救荒食物の意味づけが異なってくる。食料事情が現在のように好転するまで,庶民が焼畑を捨てなかったのは,第一に制度では救われなかったからである。極限の状況におかれたときは,それこそ何でも食べた。いろりの周囲に敷いているむしろには,ふだんの食事のときにこぼした汁などがしみこみ,いくらかの塩分を含んでいるので,それを刻んで野の草などを入れ粥状にしたり,餅状にして食べている。また,トチ,シイ,ナラなどの実のほか,毒性があるのでふだんは食べないソテツの実なども,さまざまな料理法によって口の中に入れた。こうした歴史的経験をくりかえしてきた日本の庶民は,近世期にカンショが移入されたことにより,大いなる救いと出会ったわけである。粗悪な土質気象の変化によくたえて,簡単な調理によって空腹を満たす作物に,どんなにか救われたことであろう。庶民の間に,三年みそとか古たくあん,漬物の油煮といった知恵が生まれてきたのも,凶作経験の所産であったといえよう。

 こうした長い歴史を通して得た庶民の知恵なり生活の知恵というものは,いまの庶民の生活のなかにも生きている。たとえば,つねに戦乱やトラブルに巻きこまれていた長崎県の対馬では,戦後までコバヤキという焼畑を耕作していた。そこではノイネ,ムギ,アワ,キビ,ソバ,ダイコン,カブ,サトイモなどの栽培をおこなっていたが,1955年ころからやめてしまった。しかし焼畑栽培はやめても,そこで作っていたものは現在でもわずかながら里の定畑で栽培しており,食料事情が豊かであれば,全部を収穫しないで翌年のために,種子だけを取っているのである。こうした庶民のみずからの救荒認識を,徳島県三好市の祖谷山(いややま)地方ではタネツギといい,現在の食料事情がいつ変転して,自給自足の生活に立ちもどってもよいように,先祖伝来の作物の種子だけは作り続けているのである。政治的制度としての救荒と,庶民の主体的救荒とは,根元的に異なる意味を持っている。たいせつなことは,食料の充ち足りた現在において,何をどのようにすれば食品にできるかを考え備えておくことである。
飢饉
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「救荒食物」の意味・わかりやすい解説

救荒食物
きゅうこうしょくもつ

日常はほとんど食べないが,天災,飢饉,戦時などの食糧不足の際に一時的に食用にする動植物,農産廃品などをいう。なかには生産力の低かった時代には一般食物であったものもあり,これらの研究から古代の食生活やその変遷を類推することもできる。また,急場しのぎに生育期間の短いそばや粟,異常気象に強い芋類などが栽培されることがあるが,これらは救荒作物と呼ばれる。

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