教員養成制度(読み)きょういんようせいせいど

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

資質・能力の高い教員を、いかなる機関において、どのような組織・課程で養成するか、という全体的な仕組みのことである。

[津布楽喜代治]

歴史

教員養成の前史としては、1685年にフランスのラ・サールJean-Baptiste de La Salle(1651―1719)、1696年にドイツのフランケAugust Hermann Francke(1663―1727)が、それぞれの教団や学院の教員を養成するために設立した養成所があげられるが、しかし、初等教員の計画的養成は19世紀になって国民普通教育の制度化とともに始まる。この制度化を推進したリーダーたちは、「教育は教師次第」As is the teacher, so is the school!のスローガンを掲げて教員養成の必要を力説し、欧米諸国において19世紀中葉に、初等教員の養成を目的とする専門的な機関として、師範学校normal schoolの設立、普及をみるのである。

 日本では、1872年(明治5)東京に師範学校が設けられ、まもなく各府県に広がり、義務教育年限の延長と中等教育の発達を背景として、明治の末ごろまでに第二次世界大戦前の教員養成制度がほぼ確立した。そこでは、初等教員養成は中等学校程度の師範学校において、そして中等教員養成は専門学校レベルの高等師範学校において閉鎖的、二元的に行われ、巧みな教授技術と強い聖職意識をもった、いわゆる師範タイプの教員が養成された。

[津布楽喜代治]

現行制度

第二次世界大戦後こうした教員養成は根本的に改められ、大学における教員養成と開放制とを二大原則とする新しい教員養成制度が成立した。すなわち、
(1)幼稚園から高等学校まですべて教員は大学において養成する、
(2)教員養成は戦前の師範学校のような特定の学校に限定することなく、国・公・私立すべての大学(もしくはこれに準ずる機関)において教育職員免許法(昭和24年法律147号)の規定する所要の単位を修得すれば免許状を取得できる、
という制度である。

 実際には、義務教育とりわけ小学校の教員は、国立の教育大学・学部においてその大部分が養成され、一般大学において中学校教員の一部と高等学校教員の多くが養成されている。この国立の教育大学・学部は各都道府県に設置され、そこに、小学校、中学校、養護学校等の教員養成課程が置かれてきたが、1990年代後半以降、課程の再編統合が進められた。開放制のもとでは教員養成は特定の機関に限定されないのであるが、これらの大学・学部は教員養成を主たる機能としているために、「教員養成系大学・学部」とよばれている。一般の大学における教員養成については課程認定の制度がとられており、文部科学省の認定を受けた教職課程をもつ大学において行われている。

[津布楽喜代治]

教育内容

教員養成の教育内容は、一般教育、教科専門教育、教職専門教育の三つの領域から構成され、この三者を有機的に結合し、広い豊かな教養と高度の専門性をもった教員の養成を図ってきた。ただ、実際には、この三者の有機的結合は不十分であり、教員養成カリキュラムの改善が求められている。

 そのなかで、一つの問題は教科教育である。専門的な教師にとっては、教育内容・方法に関する高度な専門的な知識・技術が不可欠であり、教育課程の編成や教材構成の基礎的な力を養う教科教育学の確立が緊要とされる。

 もう一つの問題は教育実習である。大学における教員養成は、それぞれ専攻の学問分野における教育研究の水準向上をもたらしたが、反面、教育の実際との接触が弱く、「不毛のアカデミズム」ないし「臨床性の欠如」などと批判されてきた。専門職としての教員の養成を目ざす限り、医師養成におけるように、臨床的経験課程の充実が重要である。関連して、教育学部の教授等に、小・中・高等学校の教員の経験ある者を適当に配置する必要がある。

[津布楽喜代治]

大学院と継続教育

「教職は専門職と認められるものとする」という国際労働機関(ILO)、国連教育科学文化機関(UNESCO(ユネスコ))の「教員の地位に関する勧告」(1966)以来、「教職=専門職論」は定着しつつあるが、専門職(プロフェッション)は、高度に複雑な知的技術を中核とする人間関係の仕事であり、長期の知的な専門教育を不可欠とする。

 前にも述べたように、第二次世界大戦後、大学における教員養成が基本原則とされたが、さらに教員養成の大学院(修士課程)の設置が進められ、1990年代なかばまでにすべての国立の教育大学・学部に修士課程の大学院が設けられた。一般的にも大学院教育が高等教育において主要な位置を占める傾向にある。そして、さらに1996年(平成8)には東京学芸大学、兵庫教育大学を基幹大学とする博士課程の連合大学院が設置された。

 また、専門職としての教員は、就職前の数年間の準備教育で十分に養成されるものではなく、在職期間を通して絶えず職能成長を遂げていくことが望まれる。教員養成は、就職前後を一貫した長期の過程としてとらえられ、アメリカ、イギリスなどでは就職後の継続教育に力点が置かれている。

 日本でも、就職後の教育は現職教育として教員研修が体系化され、1988年(昭和63)に初任者研修制度が創設された。初任者は1年間、原則として学級または教科を担当しながら、指導教員による指導を中心とする校内研修(年間300時間以上)とともに、教育センターなどにおける校外研修(年間25日以上)を受ける(教育公務員特例法第23条)。また、2002年(平成14)に10年経験者研修が導入され、その教員の能力、適性に応じた職能成長を目ざし、所属校内および教育センター等において、それぞれ年間20日程度の研修を行うこととされた(同法第24条)。

 さらに、大学院(修士課程)の普及とともに大学院における研修も広がり、2000年大学院修学休業制度も定められ、無給ではあるが、教員の身分を保有したまま大学院で学ぶことができるようになった。そして、高度専門職業人の育成を目ざす専門職大学院の流れのなかで、教職大学院制度が導入され、学部から入学する学生を実践的な指導力と展開力を備えた新人教員に、現職から入学する者を理論と実践力、応用力を備えたスクールリーダーに養成することを目ざしている。教職大学院は修業年限2年、45単位履修を原則とし、2009年度の時点で、全国的に24校設置されている。

 結局、すべての教育問題は教員に帰結するのであり、教員の資質向上はつねに教育の最重要課題である。2006年に全面改正された新しい教育基本法(平成18年法律第120号)は、教員について独立した条文(第9条)を設け、教員の職責の重要性と、養成・研修を一体化した教員の資質向上を定めた。これを受け、2007年に教育職員免許法が改正され、免許状の有効期間を10年とする免許更新制が定められ、免許更新講習も発足したが、この免許更新制の見直しとともに、教員養成制度を検討する動きがみられる。具体的には、修士号をもった教員の養成ということであるが、そのためには教職大学院の整備、増設や1年間の教育実習を行う協力校の確保等、課題は多い。

[津布楽喜代治]

『海後宗臣編『戦後日本の教育改革 第8巻 教員養成』(1971・東京大学出版会)』『山田昇著『戦後日本教員養成史研究』(1993・風間書房)』『岡本洋三著『開放制教員養成制度論』(1997・大空社)』『浦野東洋一・羽田貴史編『変動期の教員養成――日本教育学会課題研究「子ども人口減少期における教員養成及び教育学部問題」報告書』(1998・同時代社)』『高倉翔編『新時代の教員養成・採用・研修システム』(1999・教育開発研究所)』『TEES研究会編『「大学における教員養成」の歴史的研究――戦後「教育学部」史研究』(2001・学文社)』『横須賀薫著『教員養成――これまでこれから』(2006・ジアース教育新社)』『遠藤孝夫・福島裕敏編著『教員養成学の誕生――弘前大学教育学部の挑戦』(2007・東信堂)』『秋田喜代美・佐藤学編著『新しい時代の教職入門』(2008・有斐閣)』『佐藤学著『教師花伝書――専門家として成長するために』(2009・小学館)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

出し子

1 だし汁を取るための干した雑魚(ざこ)。煮干し。2 振り込め詐欺などの犯罪に利用された預金口座から現金を引き出す役をいう隠語。→掛け子 →受け子...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android