日本大百科全書(ニッポニカ) 「散曲」の意味・わかりやすい解説
散曲
さんきょく
中国、元(げん)・明(みん)両代に詞(し)を受け継いで現れた新しい長短句形の歌謡文学。唐~宋(そう)代に主として宴席で流行した詞のマンネリ化に対する反発と、モンゴル人経由で輸入された新しい西方音楽の影響による楽曲の変化とがその発生のおもな原因らしい。一曲だけで独立して一つの主題を詠む小令(しょうれい)と、同一宮(曲)調に属するいくつかの曲を組み合わせ、最後に尾声という収束の曲をつけて一つのテーマを詠む套数(とうすう)とがある。元代では7音階を用いる北曲に、明代では主として5音階を基調とする南曲によってつくられたが、元末には南北曲を組み合わせた南北合套も現れた。北散曲が詞と異なる点は、曲牌(はい)(楽曲の様式の題名)のほとんどが単調体の短章であること、入声(にっしょう)の消滅、押韻する場合の平仄(ひょうそく)通押、俗語のより頻繁な使用、より俚俗(りぞく)なテーマの出現、襯字(しんじ)とよばれる句格外の語の使用などがあげられるが、南散曲ではむしろ詞への回帰性が感じられる。作者の多くは戯曲の作者でもあるが、散曲のみの作者も多い。明代では民間の俗謡に優れた作があるが、それらを散曲と称するか否かの定説はない。曲牌の数は、北曲では300種を超え、南曲では800種に達する。句格の説明をした書は、北曲では『太和正音譜』、南曲では『重訂南九宮詞譜』が基礎的である。なお元代の散曲が近年隋(ずい)樹森(じゅしん)によって『全元散曲』にまとめられたように、元人散曲のほうを重視する人が多い。
[田森 襄]
『倉石武四郎編・訳『中国古典文学大系20 宋代詞集』(1970・平凡社)』