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文七元結 ブンシチモトユイ

デジタル大辞泉の解説

ぶんしち‐もとゆい〔‐もとゆひ〕【文七元結】

文七1で作った上等な元結。ぶんしちもっとい。
[補説]作品名別項。→文七元結

ぶんしちもとゆい【文七元結】[作品名]

人情噺(ばなし)。三遊亭円朝作。侠気(おとこぎ)のある左官の長兵衛が、自分の娘を売った金で文七という身投げ男を救う。それが縁で娘は身請けされ、文七と夫婦になり、文七元結を売り出す。歌舞伎にも脚色。ぶんしちもっとい。

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デジタル大辞泉プラスの解説

文七元結(ぶんしちもっとい)

古典落語の演目のひとつ。人情ばなし。

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大辞林 第三版の解説

ぶんしちもとゆい【文七元結】

〔「ぶんしちもっとい」とも〕
文七という紙で作った上等の元結。
人情噺ばなしの一。集金した金をなくして身投げしようとする文七に、娘の身売りの金を与えて救う左官の長兵衛の意気地を描く。のち、なくした金が出て、文七と長兵衛の娘は結ばれ、文七は文七元結を売り出して大いにはやるとの筋で、三遊亭円朝が練り上げた。歌舞伎にも脚色。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

文七元結
ぶんしちもっとい

落語。以前からあった噺(はなし)に三遊亭円朝(えんちょう)が手を入れて完成した人情噺。左官長兵衛は腕はよいが博打(ばくち)に凝り、家のなかは火の車であった。孝行娘のお久が吉原の佐野槌(さのづち)へ行き、身売りして親を救いたいという。佐野槌では感心して長兵衛を呼び、いろいろ意見をしてお久を担保に50両貸す。改心した長兵衛が帰りに吾妻(あづま)橋までくると、若い男が身投げしようとしているので事情を聞くと、この男はべっこう問屋の奉公人で文七といい、50両を集金の帰りになくしたという。長兵衛は同情して借りてきた50両を文七にやってしまう。長兵衛が家へ帰ると女房と大げんかになる。そこへ文七とべっこう問屋の主人がきて、金は得意先に忘れてあったと粗忽(そこつ)をわびて50両を返し、お久を身請けしたことを告げる。のち文七とお久は夫婦となり、麹町(こうじまち)貝坂で元結屋を開いたという。6代目三遊亭円生(えんしょう)、8代目林家正蔵(はやしやしょうぞう)(彦六(ひころく))が得意とした。1902年(明治35)に歌舞伎(かぶき)座で5世尾上(おのえ)菊五郎らによって初演されたのをはじめ、映画化などもされてよく知られた。[関山和夫]
『『三遊亭円朝全集 4』(1975・角川書店)』

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世界大百科事典内の文七元結の言及

【元結】より

…また,《枕草子》に〈元結よる〉とあるのは実用の撚り元結のことであり,《紫式部日記》に〈釵子さして白き元結したり,頭つきはえてをかしく見ゆ〉とあるのは平元結(ひらもとゆい)と考えられ,装飾を兼ねていたことがわかる。近世の元結は文七元結(ぶんしちもつとい)の名に始まる撚り元結の既製品が出はじめ,全国的に一般化する。名の起りは,文七という元結職人の名とする説と,職人全体を文七と俗称していたと考える説がある。…

※「文七元結」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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